第7話 エリィ、頑張ります!

 落下したグレイの肩に鈍い痛みが走った。


「きゃ⁉︎」

「大丈夫か、エリィ⁉︎」


 腕の中のエリシアが無事なのを確かめてから抱き起こしてあげる。


「こんなに大きな地震、エリィ初めて。まだ地面がグラグラしているよ」

「俺も十年ぶりくらいだ」


 自分のセリフにハッとする。


 十年ぶり……。

 以前にアヴァロンと出くわした日も大きな地震があった。

 山肌の一部が崩れて、そこから奴は出てきた。

 人の頭より大きな目でにらんできた。

 一生忘れられない記憶である。


「いてててて……」


 腰の痛みにもだえている村長を助けてあげる。


「大丈夫ですか。無理なはさらずに」

「いえ、何とか動けます」


 グレイは傾いてしまった馬車を元に戻した。

 パーツを点検してみたが破損している箇所はなさそうだ。


「ねぇ、師匠、お空が変だよ」


 おびただしい鳥影のせいで太陽が隠れている。

 あちこちの山から湧いてきた三本足鴉ヘル・クロウがギャーギャーと鳴きまくり、仲間に捕食者の存在を伝えるアラートを発しまくる。


 世界の終わりのような景色にエリシアと村長の体が震えていた。


「あの鳥たち、怯えているの?」

「らしいな」


 グレイは地図を広げて小さな集落を指で示した。


「村長さん、ここへ連れて行ってくれませんか」

「もしかして、さっきの巨大地震はモンスターの仕業なのですか」

「この目で確かめる必要があります」

「ですが……」

「手遅れになってしまう前に」


 覚悟を決めた村長は「分かりました」と毅然とした声で頷いた。


「あなたが勇敢な人で助かりました」

「もう六十年生きましたから。惜しむほどの命じゃありません」


 グレイ、エリシア、村長を乗せた馬車は矢のように駆けていった。


 行く手から小型のモンスターが走ってくる。

 火山の噴火から逃げるみたいに次から次へと。


「やっぱりアヴァロンが出たの?」

「そうと決まったわけじゃない」


 村の入り口が見えてきた。

 二十人ほどの村人が固まっている。


「何をしている! お前たち! 早く逃げないと危ないぞ!」


 グレイは頭ごなしに叱りつけた後、オリハルコンの魔剣士であることを打ち明けた。


「魔剣士様! 助けてください! まだ住人が中に!」

「何人いる?」

「十名です」


 ここに残っているのは親族らしい。


「俺が助けてくる。絶対に中へ入ってくるな」


 抜き身の大剣を担いで村へ踏み込んだ。

 グレイを待ち受けていたのは人々の悲痛な声だった。


「痛い……痛い……痛いよ……」


 村の中央で子供がもがいている。

 十歳くらいの男の子で、足首には植物のツタのようなものが巻き付いている。


「何ですか、師匠⁉︎ あの紫色のウネウネしたやつは⁉︎」

「絶対に触れるな。アヴァロンの触手だ」

「ななななっ……⁉︎ アヴァロン!」

「まだ活動初期だ」


 この状態のアヴァロンは冬眠から覚めたばかりのクマに似ている。

 水分や栄養や魔力をチャージすべく、手当たり次第に動くものを捕らえる。


「うえっ⁉︎ この触手、気持ち悪いです!」

「本体はもっと不気味だぞ」

「うっ……」


 大剣を一閃させて男の子を触手から解放してあげた。

 触手の断面がさっと地面に引っ込む。


「安心しろ。もう大丈夫だ。立てるか?」

「うん……」

「君の家族はどこにいる?」


 少年が一件の民家を指差す。


「分かった。俺が助けてくる」


 グレイはエリシアに向かって短剣を突き出す。


「この短剣には魔法を施している。力のないエリィでも使える。魔剣士見習いとしての初任務だ。エリィがこの子を守ってやれ」

「エリィが……」


 昨日のコボルト戦では短剣を拒否したエリシア。

 しかし今回は力強く抜いた。


「分かりました! エリィがやり遂げます! 師匠の役に立ちます!」

「その意気だ。頼りにしている」


 昔のグレイと似ている。

 師匠から頼りにされ、その度に強くなってきた。

 もっと役に立ちたいというモチベーションが若かりし頃のグレイを育ててきた。


 今エリシアの背中には勇気の翼が生えている。

 守られる側から守ってあげる側になろうとしている。


「村人を救出したら戻ってくる。アヴァロンの触手に大した殺傷能力はない。だから落ち着いて対処しろ。危ないと思ったら大声で俺を呼べ」

「はい! エリィ、頑張ります!」


 グレイはまず少年の両親を助けた。

 他の村人のところへ案内してもらい同じように触手から解放しておいた。


 これで九人。

 エリシアに守らせている少年を含めて十人だ。


 今回はツイている。

 グレイの到着が一日遅かったら、この十人は間違いなく生命を吸い尽くされていた。


「大丈夫だったか、エリィ」

「はい! 剣を近づけると紫のウネウネは逃げていきます! エリィにビビっているようです!」

「そうかよ」


 村長のところへ戻って状況を説明したグレイは、怪我している村人を馬車の荷台へ乗せていく。


「うちの娘が見当たりません!」


 一人の女性が泣きそうな顔になっている。


「さっきまで手をつないでいたのですが……」

「家にある大切な物を取りに帰ったのでは?」

「まさか……亡くなった父親の形見を……」


 ありそうな話だと思ったグレイは住居まで案内してもらった。

 母親の読み通り、女の子は宝物にしているネックレスを回収していた。


「これで全員だよね」


 短剣を鞘に戻したエリシアがにっこり破顔する。


「都に戻って報告だな。すぐに討伐チームを組む」


 猶予はあまりない。

 おそらく数日、それでアヴァロンは覚醒して地上を徘徊するだろう。


 エリシアは信頼できる人に預けるしかない。

 八歳の女の子を守りながらアヴァロンと戦えるほどグレイは強くない。

 

 そこまで思考を巡らせた時、余震が襲ってきて、グレイの足元がぐらついた。


「あわわわわっ⁉︎」

「俺から離れるな、エリィ!」

「師匠! 井戸から何か出てきます!」

「ッ……⁉︎」


 アヴァロンの触手だった。

 それも十本くらい。


 猛スピードでグレイの脇を抜けると、触手はロープみたいにエリシアに巻きつき、一度だけ高く伸びてから井戸の中へ戻っていった。


「ししょ〜〜〜!!!」


 グレイの指先とエリシアの指先がちょこんとかすった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る