第6話 スタンピードの前兆

 山の中腹にある洞窟までやってきた。

 コボルトたちが暮らしていた場所で、小動物の骨がたくさん散らかっている。


「右よし! 左よし! 異常ありません、師匠!」

「そのまま警戒を怠るな」


 村長はふもとに残してきたが、エリシアは連れていくことにした。

 魔剣士として必要な知識を身につけさせるためだ。


「いいか、エリィ。アヴァロンのような大型モンスターが出た場合、残穢ざんえのようなものが必ずある。お前も一緒に探してくれ」

「ラジャーなのです!」


 エリシアが転ばないよう、グレイが右手で火球を作り松明の代わりとした。

 それほど広い空間じゃないから、五十歩も進めば最奥にぶち当たる。


「う〜ん……」

「何か怪しいところはあるか?」

「そうですね……」


 腕組みして考え込むエリシアの姿は、師の欲目を抜きにしても愛嬌たっぷりである。


「ここが怪しいです」


 エリシアが隅っこを気にする。

 くぼみに手を突っ込んで小石サイズの物体を持ち上げた。


「ここから禍々まがまがしいオーラが立ち昇っていると思います!」

「ほぅ……中々目の付け所がいいな」

「本当ですか⁉︎」

「エリィには才能がある。それは乾燥したコボルトのふんだ」

「フンですって⁉︎」

「コボルトの排泄物だ」

「あわわわわわっ⁉︎」


 びっくりしたエリシアが飛び跳ねた。

 手をパンパンした後、臭いを気にしている。


「乾燥しているから無臭だろう」

「でも、素手で触っちゃいました〜! コボルトのフン、つかんじゃいました〜!」

「気にするな。水分を失ったフンは汚いものじゃない。後で手を洗っておけ」

「もうお嫁さんに行けません!」

大袈裟おおげさなやつめ」


 気を取り直して調査を続ける。

 次にエリシアが気にしたのは洞窟の壁だった。


「少しだけ風が吹いています」

「怪しいな」


 グレイは火球を横にスライドさせた。

 すると一瞬だけ炎が揺らめく。


「ここだな」


 小さな隙間から冷気が流れてくる。


「嫌な感じがします。あまり吸い込みたくない臭いです」


 グレイは鼻をクンクンさせた後、眉間にシワを寄せた。


「何だ、これは。瘴気しょうきでも噴き出ているのか。ただの風じゃないな」


 瘴気とは毒ガスのようなものだ。

 魔力を内包しているグレイやエリシアは平気でも、一般人や動物には有害である。


 グレイは布を広げた。

 土をいくらか包んで懐にしまっておく。

 都に戻って調べたら何かヒントが得られるだろう。


「アヴァロンが近くにいるの?」

「いや、そうと決まったわけじゃない。本当にアヴァロンがいるならスタンピードが起こる」

「スタンピード?」

「たくさんの魔物が一斉に山や森から出てくる現象のことを言う。大型モンスターが活動を開始する前兆とされている。今のところスタンピードは観測されていない」

「なら安心だよね」

「まあな」


 返事をするグレイの声は硬い。


「とりあえず村長のところへ戻ろう。礼を述べてから俺たちは都へ向かうぞ」

「は〜い! エリィ、都大好き! 美味しい物たくさん!」

「そうだな。甘い物でも食っておけ」

「わ〜い!」


 帰りは下り坂なのに加えて、エリシアがルンルン気分だったので、スムーズに馬車のところまで戻れた。

 二人の帰りに気づいた村長が古びた本を閉じる。


「おや、もう調査はお済みですか?」

「ええ、コボルトの洞窟から土を採取してきました。瘴気のようなものがれていました。アヴァロンと決まったわけじゃありませんが、大型の魔物が潜んでいるのは間違いないでしょう。いったん都に帰って調査した後、討伐チームを連れてきます」

「なんと……」

「普段、あの山に近づく人は?」

「地元の者が時々。あと旅の集団がリスク覚悟で山を越えます」

「そうですか。念のため近隣の村々に注意喚起しておいてください。それと山の入り口に立て札を設置しておいてください。気になるからといって自分たちで調査しようと思わないように。可能性は低いですが、いつスタンピードが観測されてもおかしくありません」

「かしこまりました。私の方で周知しておきます」


 初期で発見できた。

 不幸中の幸いだろう。


 帰りは少し急いでもらった。

 ふと空を見上げると、早朝はあれだけ晴れていたのに、今は重苦しい雲が広がっている。


「不吉な感じのお天気になっちゃった」


 師匠の心を見透かしたようなことをエリシアが言う。


「エリィもそろそろ自分の剣を持ってみるか」

「本当⁉︎ 買ってくれるの⁉︎」

「俺は八歳くらいから剣の鍛錬をスタートした。まずは短剣から使ってみろ。ゆっくり時間をかけて慣れるといい」

「エリィね、可愛い剣がいい。柄のところにハートの模様が入っているやつ」

「オーダーメイドしてもらうか。知り合いに腕のいい鍛冶屋がいる」

「やった! 師匠、優しい!」


 興奮したエリシアが立ち上がった時だった。

『バランスを崩すから危ないぞ』と注意しようとしたら、とてつもない揺れが襲ってきた。


 グラグラグラグラッ!

 一瞬、大地がぶっ壊れたのかと思った。

 荷台に積まれていた農具が転げ落ち、車輪がギシギシと苦しそうな音を上げる。


 地震だ。

 それも真下から突き上げるような感じの。


 馬がパニックを起こしたので、村長が手綱を引っ張っているが、馬車はあえなく道から外れてしまう。


「危ない! エリィ!」


 荷台から落ちかけたエリシアを、グレイは空中でキャッチした。

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