第5話 最強モンスターの噂
馬車の荷台に乗せてもらった。
「ル〜ル〜ルルル〜♪ ル〜ル〜ル〜♪」
曲がりくねった田舎道にご機嫌そうな鼻歌が流れている。
「初耳だな。何て曲なんだ?」
「エリィが作ったの! だからエリシアの歌って言うんだ!」
「そうかよ。じゃあ、ここが作曲の地だな」
「何それ! 格好いい!」
グレイは手元の地図に視線を落としていた。
村長から借りてきたやつで、近くの地形と集落の位置が記されていた。
にしても
油断すると
「本当にアヴァロンの影響なのでしょうか?」
「分かりません。が、アヴァロンが出た可能性はあります。ごく
「前回にアヴァロンが出てから十年ですよね。アヴァロンは二十年から三十年おきに出てくると聞いたことがあります」
「あくまで統計上は、という話です。長いと五十年くらい出てこないことがあります。短いと前回の登場から五年くらいで出てきます」
「そうでしたか……。前回は撃退に成功したと聞きました」
「しかし討伐には失敗しました。逃がしましたから」
「本物のアヴァロンを見たのですか?」
「ええ、近くで」
「すみません、変なことを聞いてしまいました」
話の流れが読めないエリシアはキョロキョロしている。
「ねぇ、ししょ〜、アヴァロンって何なの?」
「とても厄介な魔物だ。観測されている限りだと最も手強い相手だな」
「そんなに強いモンスターを倒せるの?」
「そのために魔剣士がいる」
アヴァロン=最強の魔物。
知識として知っていても、脅威を目の当たりにした人は少ない。
生き延びるのが難しいからだ。
アヴァロンと目が合ったら、ほぼ間違いなく食い殺される。
魔剣士でもやっていない限りは。
「もしアヴァロンがいたら師匠が戦うの?」
「いや、仲間を呼んでからだ。四人か五人で挑みたい」
「師匠でも一人で倒すのは難しいんだね」
「そのために七人の魔剣士がいる」
エリシアは不安そうな顔つきになる。
「嫌だ……師匠に負けてほしくない」
頼りない握力でグレイのマントを引っ張ってくる。
「どうした、急に」
「エリィ、師匠と一緒に戦いたい」
「そうかよ」
エリシアの頭を
「ねぇ、師匠にも師匠がいたんだよね」
「そうだ」
「師匠の師匠はどんな人だった?」
グレイは遠くの空を見つめる。
「強くて優しい人だった。ミートパイが好物だった。南方の出身でな。髪は黒くて、肌は日焼けしていた。太陽みたいに明るい性格だった。そんな独身の女性だった」
魔剣士は独身が多い。
いつ死ぬか分からないからだ。
恋人がいたとしても籍は入れなかったりする。
「師匠も独身?」
「そうだ」
「将来エリィと結婚するから?」
グレイは不覚にも笑ってしまう。
「俺とエリィ、何歳離れていると思っている?」
「え〜とね、師匠は二十七でエリィが八だから十九くらい離れている」
「そうだ。父と娘くらい離れている。エリィの誕生がもう十年早かったら、そういう選択肢があったかもな」
「ええっ⁉︎ エリィが可愛くないってこと⁉︎」
「そういうわけではないが……」
八歳の子供に感じる愛らしいは、ペットに感じる愛らしいに近いだろう。
「エリィが結婚するとしたら早くても十六歳くらいだろう。その時、俺は三十五歳になっている。婚期を逃したおっさんだ」
「三十五歳でも師匠は格好いいもん!」
「そうなることを願っている」
グレイとて二十七年間恋しなかったわけじゃない。
ただ縁がなかった。
女性を紹介されても『来年死ぬかもしれませんから』と拒絶してきた。
家族とは守るべきもの。
一生かけて背負うには重すぎる。
グレイの師匠が結婚しなかったのも同じ理由だろう。
「エリィは俺の娘みたいなものだ。血はつながっていなくてもな。エリィの結婚式にはちゃんと出席してやる」
「本当⁉︎ 約束してくれる⁉︎ 魔物に負けたりしない⁉︎」
「ああ、約束する」
グレイは拳を向ける。
そこに小さな拳が触れてくる。
師弟で交わす約束の儀式なのである。
「エリィ、将来は美人になる」
「魔剣士になる予定じゃないのか?」
「美人の魔剣士になる」
「ああ……」
美人と魔剣士がどうしても結びつかないグレイはリアクションに困ってしまう。
女性の魔剣士は男勝りなタイプが多い。
グレイの師匠だって眉間のところに大きな古傷があった。
一方、エリシアの顔はお人形みたいに整っている。
『魔力の総量がずば抜けていても、性格的に魔剣士向きじゃないのでは?』という新しい不安が湧いてきた。
まあ、いい。
一度アヴァロンを討伐したら二十年か三十年の平和がやってくる。
一回も活躍の機会がないまま引退する。
それも幸せな魔剣士ライフに違いない。
「エリィもいつか弟子を取るんだ〜」
「まだ魔剣士になっていないのに気が早いな」
「師匠から教えてもらったことをエリィも弟子に教えるの。そのためにたくさん経験してたくさん学習するの。だからエリィ頑張る」
「まったく……」
呼吸するように人たらし発言するなと
「着きました」
村長の視線の先には山道の入り口があった。
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