第126話 一番リアクションに困るやつ

 鳥かごの中で雛鳥ひなどりがく〜く〜寝ていた。


 誕生から三日経つ。

 鳥かごはエリシアが自作した魔法道具マジック・アイテムで、下から熱を生み出し、中を温かく保つ効果がある。

 ドラゴニアの奥地は温暖なので、ペンドラゴンの気候だと雛鳥が体調を崩してしまうのだ。


「よく魔法道具マジック・アイテムを自作できたな。初心者の作品とは思えない」

「レベッカの手ほどきを受けました。実は半分くらいレベッカが作りました」


 エリシアはぺろりと舌を出して笑う。


 一般的に魔剣士という職業は、体力に優れている男が微妙に有利とされているが、魔法道具マジック・アイテムを作る能力にかけては、女性魔剣士の方が上と言われている。


 理由はよく分からない。

 手芸の腕前が関係しているという説もある。


 現にグレイは魔法道具マジック・アイテムを作るのが得意じゃないし、アイテム職人として名高いエメラルドの魔剣士は女性である。


 グレイの横ではマーリンが熱心に日記を書いていた。

 雛鳥は食って寝ての繰り返しで、特に書くネタもないだろうと思いきや、描いていたのはイラスト。


 グレイの顔が引きつる。

 マーリンの絵が下手クソなんて言葉じゃ足りないくらい崩壊していたから。


 どこが目で、どこが羽か分からない。

「くちばしが可愛いな」と指差したら「そこはお尻なのです」と返された。

 これじゃ、失敗した玉子焼きのイラストと言われた方が納得。


 マーリンはエリシアの席まで駆けていくと、


「できました! 今日の分の絵日記です!」


 と見せつけた。


「うわぁ〜。可愛く描けていますね〜。マーリンには絵師の才能がありますね〜」

「本当ですか⁉︎」

「はい、次も楽しみにしています」


 エリシアに褒められて機嫌を良くしたマーリンは、グレイにも日記帳を見せてくる。


「こっちが初日、こっちが二日目、こっちが三日目のイラストです。毎日少しずつ成長しています」

「ふむ、そうか」


 何回見ても失敗した目玉焼きに思えてしまう。


「エリシア様は褒めてくれましたが、もっと絵の腕を磨きたいのです」

「おう……」

「どうやったら絵は上手くなるのでしょうか」


 一番リアクションに困るやつだ。


 たぶん、センスの問題。

 変なことを言ってマーリンを泣かせたくないグレイは言葉に詰まる。


「すでに上手いから十分だと思うぞ。マーリンの絵はエリィを笑顔にさせた。一人を喜ばせたら、絵を描いた甲斐があるというやつだ」

「おおっ! 納得なのです!」


 日記帳にはファーランが自作した『フェアリー・バードの育て方』という小冊子が挟んであり、マーリンは暗記するほど読み込んでいる。


 今日も王宮は平和。

 欠伸あくびが出そうなほどに。


 エリシアはさっきから計算している。

 もうすぐ現ハイランド国王ヘンドリクス七世の誕生日パーティーが予定されており、出席者の食べ物やドリンクを手配する必要があるのだ。


 なぜ王様の誕生日パーティーを魔剣士が? と思うかもしれないが、元々魔剣士というのは王様をサポートするために設置された役職であり、今でも王様とその家族を守るのが使命とされているから。

『王都ペンドラゴンには最低一人の魔剣士を置くべし』というルールが受け継がれているのも、王家を守るためである。


 パーティーの幹事役は、昨年までネロとレベッカが交互にやってきたから、今回はエリシアの初幹事となる。

 気合いが入るのも無理はない。


 グレイはバルコニーに出てみた。

 今日も庭の隅っこでアッシュとウィンディが特訓しており、剣と剣をぶつけ合っている。


 格上なのはアッシュだ。

 傭兵として十年のキャリアがあり、剣を覚えたばかりのウィンディじゃ手も足も出ない。

 今回もあっさり勝ってしまう。


 剣を拾ったウィンディは「まだまだッ!」と再戦を申し込む。

 成長するために何が必要なのか、本人が一番理解しているだろう。


「マーリンに頼みたいことがあるのだが、引き受けてくれないだろうか」

「私に、ですか?」


 グレイがお願いしたのは四人分のお菓子と飲み物を用意すること。


「アッシュとウィンディのところへ届けてほしい」


 マーリンとエリシアの目が合う。


「お願いします、マーリン」

「かしこまりました。無事に届けられるよう死ぬ気で頑張ります」

「大げさですね」


 グレイは弟子たちのところへ向かった。

 剣を飛ばされたウィンディが尻元をつくところだった。


「もう少しだと思ったのに〜!」

「甘いな。これでも俺は手を抜いている」

「悔し〜!」


 脚をバタバタさせたウィンディは、近づいてくるグレイに気づき、リンゴみたいに顔を赤くした。


「負けん気が強いのは良いことだ」

「あ……いや……これは……」


 グレイはウィンディから剣を借りる。

 切っ先を野性味あふれるアッシュの顔に突きつける。


「一戦やるか」

「お手柔らかに頼みますよ」


 しばらく受けに回った。

 アッシュには天性の剣のセンスがあって、時々ハッとするような角度から斬りかかってくる。

 フェイントを織り交ぜるのだって上手い。


 ガードした回数が三十になったので、いったん決着をつけるべく、アッシュの剣を飛ばしておいた。


「分かったか、ウィンディ。お前がアッシュに翻弄ほんろうされる理由が。剣には緩急のようなものがある。アッシュには緩急があって、ウィンディには緩急がない」

「だから動きが読まれちゃうのですね」

「そういうことだ」


 剣を返したグレイは二人に休憩を命じた。


「今日は三人に少し大切な話がある」

「えっ? 三人ですか?」


 グレイが指差した方向にはバスケットを運んでくるマーリンの姿があった。

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