第125話 花束をもって告白しにいく
城下街を移動する時、マーリンはグレイのマントをちょこんと握っている。
幼かった時代のエリシアに似ており、グレイをほっこりした気分にさせる。
一匹の猫が寄ってきてマーリンの足首に
少し駆け出してはニャーゴと鳴いて、また駆け出してはニャーゴと鳴くから『私について来い』と主張しているように思えてしまう。
「マーリンを呼んでいるな」
「えっ⁉︎ 私ですか⁉︎」
「何か見せたいものがあるのかもしれない」
目は口ほどに物を言う、の格言通りオッドアイは宝石みたいに輝く。
猫を追いかけた。
心なしかマーリンの歩くペースが上がっている。
また転んじゃうのではないか? とグレイが心配していると、思いっきり石畳につまずいてしまったが、手をぐるぐるさせて踏みとどまった。
猫が向かった先は一軒の花屋だった。
マダムのお客が一人おり、エプロンを巻いた店主らしき人物にブーケを作ってもらっていた。
「きれい……」
猫は商品棚の隅っこにジャンプすると、前脚をそろえてお行儀よく座る。
どうやらこの花屋が家らしい。
「お客さんを勧誘しているのでしょうか」
「だったら世界一賢い猫だな」
小さな店内を一周したマーリンは、お客が持っているブーケを気にする。
あれが欲しい! というより純粋に興味があるらしい。
「好きな花を選んで、ああやって花束にしてもらうんだ。欲しい色を伝えたら、お店の人が良い感じに整えてくれる。もちろん花は一輪からでも購入できる」
マーリンは恐る恐るといった感じで店主に近づいた。
これは何ですか? あれは何て花ですか? とたくさん質問する。
初対面の人と話す恐怖より、好奇心の方が勝っているらしい。
マーリンの意外な一面を見つけたグレイは、ほう、とあごを
「エリィに何か買って帰るか」
グレイが提案するとマーリンは小さくジャンプして喜んだ。
花屋を訪れるなんて久しぶり。
これもマーリンを連れ出した恩恵というやつか。
「お代のことは気にするな。欲しい花束を作ってもらいなさい」
マーリンが選んだベースカラーは白。
二種類の花を入れてもらい、単調にならないよう工夫してもらう。
これはエリシアの髪をイメージしている。
そこに淡いブルーの花を加える。
候補となりそうな花は三種類あって、マーリンは真剣に迷っている。
「あの……」
マーリンは恥じらいつつ自分の目元を指差した。
「私の目の色に近い花ってどれですか」
「ふむ……」
店主は花をたくさん持ってきて、一輪一輪マーリンと並べて比べていく。
見る角度によって目の色は変わるから慎重に見極める必要がある。
「この辺りかな。最後は君が選ぶといいよ」
「あの……」
「ん?」
「お花って一番元気そうなやつを買ってもいいのですか」
「ああ、もちろん。長持ちする品種はね……」
一連のやり取りを聞いたグレイの心が温かくなる。
引っ込み思案な性格のマーリンだが、エリシアのためなら大人とも話せるらしい。
この世で一つのブーケが完成した。
グレイは父親のような気持ちでマーリンの肩を二回叩いた。
良かったな、と。
一刻も早くエリシアに手渡したい。
そんなマーリンの気持ちに応えるべく、聖教会の建物へ足を運ぶことにした。
関係者以外立ち入り禁止のエリアがあり、エリシアはその中にいる。
グレイのお供ということでマーリンも一緒に入る許可をもらった。
「エリィはあそこで打ち合わせをしている。そろそろ出てくると思う」
噴水のところにベンチがあったので並んで腰かけた。
女神の水瓶から無限に流れてくる水をマーリンは食い入るように見つめている。
「気になるのか?」
「不思議です。どこからお水が流れてくるのでしょうか」
「あの噴水はおそらくポンプ式だな。魔石を動力源にして、中の水をぐるぐる循環させている」
ドアが開いた。
エリシアが出てくる。
関係者にぺこぺこ挨拶した後、ぐぃ〜と伸びをして噴水の方へ歩いてきた。
スカイブルーの瞳が金髪の女の子を見つける。
「あら、マーリン。よくここが分かりましたね」
思いっきり駆け出すマーリン。
トロフィーを自慢する娘のように花束を見せつけた。
「私、決めました!」
いきなりの告白にエリシアが片眉を持ち上げる。
「エリシア様の弟子になろうと思います。お役に立てるか分かりませんが……。たくさんご迷惑をおかけすると思いますが……。エリシア様の側にいたいです。少しでもエリシア様に近づきたいです。こんな私でも受け入れてくれますか?」
エリシアは腰を落とすと花束ごとマーリンを抱きしめた。
「可愛い花束ですね。私たちをイメージして花を選んだのですか?」
「はい、エリシア様の喜ぶ顔が見たくて」
「本当に可愛い」
どこか甘い香りのする風の中、エリシアはもう一度小さな弟子をハグした。
……。
…………。
それから数日後。
保温器の中にあるフェアリー・バードの卵にヒビが入った。
ヒビは次第に大きくなり、割れ目と割れ目がつながって、オレンジ色のくちばしが飛び出した。
「生まれますよ、マーリン。この子も私たちの家族なのです」
卵をじぃ〜っと凝視するマーリンの口から、頑張れ、頑張れ、と言葉がこぼれる。
たっぷりと時間をかけて穴を広げた雛鳥は、ピィッ! と強く鳴いて殻から首をのぞかせた。
ツンツンしたピンク色の毛が生えている。
まだ目が見えていない、自力で立つこともできない雛鳥を、オッドアイがまじまじと見つめる。
「この子のお世話はマーリンにお願いしましょうか」
エリシアはそういって一冊の日記帳をプレゼントする。
「成長記録を残すと良いでしょう。私に読ませてください。楽しみにしています」
「はい、エリシア様!」
新しく加わった仲間の横で、マーリンは無邪気な笑みを振りまいた。
棚に置かれた花瓶には師弟をイメージした花が生けられていた。
(第二部 〜完〜)
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