第124話 グレイのお悩み相談

 エリシアの部屋にマーリンが住むようになった。

 必然、グレイと顔を合わせる回数も多くなる。


「おはようございます、グレイ様」

「ああ、おはよう」


 マーリンは見違えるほど美しくなった。

 エリシアと毎日一緒に入浴しているし、新しく支給してもらったメイド服も似合っている。


 何より髪型がキュートだ。

 くせ毛のない金髪をツーサイドアップにしており、椅子に座っていれば本物のお人形に見えてしまう。

 オッドアイの珍しさも手伝って『最近エリシア様の近くにいる美少女は何者なのだ?』と王宮内ではもっぱら噂になっている。


「王宮の生活には慣れたか?」

「はい、お陰さまで」


 グレイはマーリンの右手をつかんだ。

 切り傷のようなものが見えたからだ。

 理由を聞くと、転んでしまった、と返される。


「昨日や一昨日も転んでいなかったか?」

「えっと……はい! 一昨日は五回転びましたが、昨日は四回に減りました! 今日も四回以下に抑えようと思います!」

「はぁ……」


 気合いの入ったセリフとは裏腹に、指先は自信さなそうに胸元のリボンをいじっている。


 元からドジな性格なのか。

 長らく封印されていたせいで筋肉が弱っているのか。

 両方だろうな、という気がする。


 昨日だってバケツをひっくり返して服をびしょ濡れにしていた。

 たまたまグレイが通りかかり、新しい服と交換してあげたが、放置していたら確実に風邪を引いただろう。


「あの〜、エリシア様の姿が見当たりませんが……」

「エリィなら聖教会へ打ち合わせに行っている。待っていれば帰ってくると思うぞ」

「そうですか……」


 残念そうにうつむくものだからグレイは理由が気になった。

 観察している感じだと、エリシアとマーリンの新生活は上手くいっている。


「そうだ。俺の買い物に付き合ってくれないか」

「私なんかでよろしければ!」


 マーリンを王宮の外へ連れ出すことにした。

 城下街へやってくるのは初めてらしく人の多さに戸惑っている。


「今日は何を買われるのですか?」

「マントの予備を受け取りに行く。前に注文していて今日引き渡しの予定になっている」


 結局、マーリンの正確な年齢は分からない。

 背の高さから推測して十三歳に設定している。


 あと名前。

 まったく覚えていないらしくマーリンも仮名のままだ。

 もっとも本人は『エリシア様につけていただいた名前ですので……』と気に入っている様子。


 新しいマントを受け取ったグレイは小洒落たカフェに入った。

 自分はコーヒーを頼み、マーリンにはお店自慢のプリンを頼む。

 上にクリームがたっぷり盛られており、老若男女に人気のデザートだ。


「いただいていいのですか⁉︎」

「エリィが好きなやつだ。昔はレベッカによく連れてきてもらったらしい」


 エリシアの名前が出るとマーリンは無条件で喜ぶ。

 本当に好きなんだな、というのが伝わってくる。


 しばらく他愛のない話をした。

 王都ではどんな食べ物が流行っているのか話してやると、マーリンは全身を耳にして聞いていた。


 お互いにリラックスしたタイミングを見計らい、グレイは気になっていた話題を切り出す。


「何か悩んでいることがあるのだろう」

「え〜と……」


 マーリンはスプーンをくわえたまま恥じらう。


「エリィに相談しようか迷っているなら、まず俺に相談したらいい。マーリンにとって俺は師匠の師匠だからな。人生経験の豊富さだけはエリィに勝っている」

「その……ですね……」


 泣き出しそうな顔を向けられる。

 グレイは黙って次の言葉を待つ。


「この数日間で学習しました。魔剣士が何なのか。使命は何なのか。どうやったら魔剣に選ばれるのか。少しは理解したつもりです。ほんの少しですが……」

「エリィに弟子入りすべきか迷っているのか?」


 小さな手がギュッと握られる。


「エリシア様はとても偉大な方です。十三歳くらいの時には魔剣士に匹敵する実力があったと聞きました。私なんかがミスリルの魔剣士の弟子になってもいいのでしょうか。魔法の才能があると言われても全然ピンときません。だって私、一個も魔法が使えないですし。将来、魔剣に選ばれるかどうかも分かりません」


 グレイは残っていたコーヒーを一気飲みする。


「マーリンは……その……」


 たぶん、精神が未熟なのだろう。

 記憶がないということは、一切の成功体験がないわけで、自己肯定できないのが当たり前。


 エリシアのことを愛している。

 だから迷惑をかけたくない。

 子供らしい感情だろう。


「エリィのことが好きか。もし好きなら迷わず弟子になったらいい。師匠が弟子を育てるというが、弟子が師匠を育てることもある。もしエリィのことが好きなら、あいつを師匠にしてやってくれ」


 マーリンはハッとして顔を上げた。


「エリィを師匠にしてあげられるのは、今この世にマーリンしかいない」

「私だけ……ですか」

「縁だと思う。二人が出会ったのは」


 マーリンの瞳に決意のようものが浮かんだのをグレイは見逃さなかった。


「師匠と弟子のあり方は人それぞれだ。エリィとマーリンなりの関係を見つけたらいい。俺とエリィがそうしたように。正解なんてない。ある意味、全部が正解だろう」

「私とエリシア様の関係……」

「エリィとたっぷり話せ。時間はいくらでもある」


 マーリンがどんな風に成長していくのか。

 新しい楽しみを見つけた気分になった。

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