第189話 本当は嘘じゃないの?

 昼食はコルトやアーシアと一緒に食べた。

 今日の主菜はお肉の入った野菜炒めで、味付けは普通においしかった。

 いつも王宮の料理を食べているマーリンが満足していたので、悪い素材を使っている感じはなさそうだ。


 ファクトリーの近くにパン工場があって、しかも経営者はボルドーであり、毎日焼きたてのパンが届けられるらしい。

 つまり食料に困ることはない。


「おいしいね」

「だろう。ジューロンのファクトリーは食事の質が他所よりいいんだよ。良い魔石を生み出すには良い食事からってね」


 組織を褒められてコルトは誇らしそうにしている。


(評価項目の中に食事のらんもあったけれども、これなら満点でいいかな)


 どの子も食欲は旺盛である。

 お代わり自由なわけであるが、量がたっぷり用意されており、痩せ細っている子は一人もいない。


「たくさん食べて午後も頑張るのです」


 マーリンも気合いが入っている。


「コルトたちは元々別のファクトリーで働いていたの?」

「そうだよ。半年間くらいだけどね。屋根から雨漏りしていたし、あまり良い環境とはいえなかったね。いつ潰れてもおかしくないファクトリーは寮がボロくて人の入れ替わりも激しいんだ」


 大きい街だとファクトリーの規模も大きくなる。

 良い評判が広まって勝手に人材も集まってくる。


「地元の人だったら小さいファクトリーで働く意義もあるけれども、俺たちのような根なし草はね。お前もそう思うだろう、アーシア」

「うん、実家通いならメリットがあるかな。寮に入るのってどこもお金を取られるしね」


 昼休みもコルトやアーシアと一緒に過ごした。


 カードやボードゲームで時間を潰している子が目立つ。

 大勢の子供たちと遊んだ経験というのは、ウィンディもマーリンもほとんどなく、合宿に似た楽しさがあった。


 カードに誘われた。

 マーリンに対戦させてみて、ウィンディは後ろから観察することにした。

 四人で勝負して一位から四位まで決める遊びだった。


「あぅ……また負けてしまったのです」


 初心者のマーリンはカモであり持ち点をごっそり奪われている。


「あっちは何か賭けて勝負しているの?」


 ウィンディは十人ほどの輪を指差した。


「掃除の当番を賭けているんだよ。本当はいけないんだけれども、グレーかな。お金や物を賭けるのはヤバくて、見つかったら一発でクビになりかねない」


 コルトの口ぶりから察するに、毎年何人かギャンブルでお払い箱になっている様子である。


「三号棟のやつらと関わるときは注意しなよ。いつクビになってもおかしくないから、ピリピリしていたり頭の変なやつがいたりする。ほんの一部だけどね」

「ふ〜ん……」


 ファクトリー内には階級意識のようなものがあって、中には肩身の狭い思いをしている子もいる様子だった。


「どうかしたの?」

「いや、全員が全員モチベーションが高いわけじゃないんだなって」

「そうだよ。三号棟のCクラスは落ちこぼれ。負け犬のオーラが全身から出ちゃっている。ああいう風にはなりたくなくて、周りは頑張るんだよ。ここじゃ若い方が優遇されるから、三号棟のCクラスにいるのは全員二十歳以上だね。魔石を作る能力も頭打ちで、衰えていくしかない人たちだよ。でも筋力じゃ勝てっこないから怒らせるのはマズい」


 ファクトリーの厳しさを垣間見た気がした。


 午後の鐘が鳴った。

 これから日没まで魔石作りの作業が待っている。


「ふぅ……疲れた」


 ようやく一日の仕事から解放された時、肩と腰は痛くて頭の奥がズキズキした。

 マーリンも似たような状況であり「初日から頑張りすぎ」とコルトに笑われた。


「休みは七日の内一日しかないんだよ。ちゃんとペース配分を考えないと連勤に耐えられないよ」


 おっしゃる通りだ。

 明日からは六割くらいの力で取り組もう、とウィンディは己に誓った。


 後ろから肩を叩かれたので振り返ってみるとオリーブがいた。


「初日はどうでしたか?」

「何とかついていけそうです。周りのレベルが高くてびっくりしました」

「そうですか。周りはお二人のレベルの高さに驚いていますがね。今後も期待しています」


 確かな手応えと共に一号棟を後にした。


 この後は食事と入浴を済ませて、自由な時間を過ごして、就寝という流れになる。

 実家から通っている子も二割くらいいて、その人たちは寮ではなく家へ向かう。


「今日から二段ベッドだけれども、上と下、マーリンはどっちがいい?」

「落ちたら痛そうなので下がいいです!」

「じゃあ、私が上ね」


 もう一つのベッドはアーシアが上段で、コルトが下段だった。


 ルームメイトの存在は貴重だ。

 普通では知りえないような情報もコルトとアーシアなら教えてくれる。


 いじめ、窃盗、不正。

 こういう情報は外部からだと分からない。


(潜入ってドキドキしたけれども、これなら最終日までやり遂げられるよね)


 そんなウィンディの自信は次のコルトの一言で微塵みじんにされた。


「お姉ちゃんたちが前にピサロのファクトリーで働いていたって話、本当は嘘じゃないの?」

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