第144話 最初の一歩が一番難しい
幻想的なシーンだった。
きれいな指先から魔力の糸が伸びてきて、カイコの
糸はやがて球になる。
ぐんぐん成長していく石をウィンディもマーリンも食い入るように見つめる。
「きれい……」
「
魔法街へいった時、店主のおじさんは『天然魔石を成長させて人工魔石にする』みたいなことを言っていた。
でも、ソフィアは何もないところから人工魔石を生み出した。
規格外だということは素人のウィンディでも分かる。
「普通はコアとなる魔石を用意するんだっけ? 糸を巻きつけるみたいにクルクルするんだよ〜」
「ソフィアさんって何者なのですか?」
「通りすがりの天才かな」
ソフィアは人差し指にのせた石を持ち上げる。
「ほら、こんな大きさになった。ウィンディの瞳と同じ色でしょう」
「すごい! 色までコントロールできるのですか⁉︎」
「普通の人には難しいけどね」
素人ならこの大きさに育てるのに丸一日かかるらしい。
ソフィアはおしゃべりしながら短時間でやってのけた。
魔剣士級かもしれない。
魔力をコントロールすることにかけては。
「私にも師匠のおっさんがいてね。毎日これをやらされたんだ。大きい魔石を作ると褒めてくれるわけ」
「ソフィアさんを鍛えるために?」
「いや〜」
ソフィアは背もたれに圧をかけて、椅子の前脚を浮かせる。
「私の魔石、けっこう高く売れてね。師匠のおっさんの酒代と肉代に消えていった。それを知って怒っちゃった私は、師匠を崖から突き落としましたとさ」
「えっ⁉︎ 師匠なのに⁉︎」
「うん、私って八歳くらいで師匠より強かったし。あっ! 師匠は殺してないよ! 今でもちゃんと生きているよ!」
天才の弟子を持つと大変みたいな話をグレイがしていたが、ソフィアの師匠も似たような立場なのだろう。
ウィンディは魔石の破片を取り出した。
魔法街で五個入りのを買ったやつだ。
「実は私たち、自分の魔石を作ってみたくて。何かコツがあれば教えてください」
「コツか〜。そうだな〜。頭は空っぽにする。心は静かにしておく。指先に神経を集中させる。呼吸のリズムは一定で。あ、そうそう……」
ソフィアはいたずらっぽく笑う。
「たくさん食べて、たくさん寝る。これが一番のコツかな。魔石の破片、一個もらってもいい」
「どうぞ」
また指先から魔力の糸が伸びていった。
さっきとは違う色……淡いグリーンと鮮やかなオレンジのマーブル柄だ。
こっちはマーリンの瞳をイメージしてある。
「二色は上級者コースかな。素質のある人じゃないと無理かも」
「これが特別なトレーニング方法なのですか」
「そうだよ。最速で強くなれるよ」
毎日寝る前にやるのがソフィアのお勧めらしい。
「二人も今からやってみてよ」
そういって魔石の破片をウィンディとマーリンの前に置く。
「しかし、初心者ですし」
「いいから、いいから。誰だって最初は初心者なんだし」
えも知れぬプレッシャーが双肩にのしかかる。
「ほら、自分のお師匠さんに褒めてもらいたいでしょう」
「まあ……」
ソフィアのやり方を真似てみた。
まずは手に魔力を集中させて、指先まで行き渡らせる。
(それから……糸状にして……伸ばすんだっけ)
全然届かない!
そもそも糸状をキープするのが難しいし、伸ばしても泡みたいに消えてしまう。
向かいに座っているマーリンも似たような状況だ。
指先がプルプルと震えており、気合いが空回りしている。
やっぱり初日からできるわけないよね。
諦めようとした時、ソフィアが席を立った。
「そのまま動かないでね」
ウィンディの後ろから手を伸ばしてくる。
爽やかな匂いが近くなり、二人の手がぴったり重なる。
「最初の一歩が一番難しいの。でも、入口を抜けちゃえば、そこから先は進みやすい。だから、私が最初の壁を越えさせてあげる」
「えっ……?」
手の甲からソフィアの魔力が流れ込んできた。
高温のお湯をかけられたみたいに、手の甲がピリピリする。
ウィンディの手を通り抜けた魔力は、指先から糸となって放たれ、魔石の破片にからみつく。
自分は見ているだけ。
あとはソフィアが勝手に操作してくれる。
感覚だけが記憶として体内に刻まれていく。
「こうやって魔石を成長させるの。ちゃんと体が覚えたら、次からは一人でできるようになると思う。分かった?」
近い!
胸の重さが分かるほどに!
黒ローブに隠れているので気づかなかったが、ソフィアは中々の美乳の持ち主だった。
(女が女に緊張してどうするんだ〜!)
自分に盛大なツッコミを入れつつ、分かりました、と返事しておいた。
ウィンディが終わったらマーリンの番。
同じように介助してもらいながら魔石を育てる。
他人の魔力に
「不思議です。ソフィアさんの魔力が流れ込んでくると、なぜか体の芯がポカポカします」
「魔力は一人一人違うんだよ。エリシア様が
「距離が近いと、ちょっと恥ずかしいです」
「可愛いね、君」
「はぅ……」
魔剣士の関係者以外にも、若くてすごい人は存在するんだ。
ウィンディは世界の広さを垣間見た気がした。
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