第143話 よっぽどのラブラブ具合を目にした

 彼女は名前をソフィアといった。

 友達と四人で王都へやってきて、一人だけはぐれたらしい。


 ウィンディは紅茶を一杯おごってあげた。

 迷惑料のつもりだったけれども、本人は大喜びしていた。


「その……お友達を探さなくていいのですか?」

「い〜の、い〜の。どうせ今夜の宿で会えるし。この広いペンドラゴン中を探すのはしんどいし」


(そういう問題なのかな?)


 ソフィアは陽気で、よく笑う。

 気品のようなものがあって、その証拠に堂々としているし、身につけている指輪やイヤリングも高価そう。


 ソフィアは量の減ったクレープを半分に千切った。

 片方をウィンディに、残りをマーリンにくれた。


「もらっていいのですか?」

「絶品だよ、ここのクレープ。おいしい食べ物はみんなで分けないとね」


 そう言われると断りにくく、まだ熱の残っている生地に食らいつく。

 見た目ほど甘くはないから大人の味という気がする。


 マーリンの口から「はうっ⁉︎」と声があがった。

 本物のお姫様みたいに頬っぺたに手を当てて喜んでいる。


「クレープなるものは初めて食べました! これは奇跡の味なのです!」

「へぇ〜、君って可愛いね。親が過保護だったのかな〜」

「実は私、親の顔をよく覚えていないのです」

「そうなんだ。若いのに大変な人生だね」


 マーリンが正直に話すものだから冷や冷やしたけれども、この人ならいいか、と思わせてくれる安心感がある。


 ソフィアが王都へやってきたのは豊穣祭エリシア・デイを楽しむため。

 というのは理由の一部で、親族に会うのが本来の目的らしい。


「えっ⁉︎ ご親戚を見つけたのに声をかけなかったのですか⁉︎」

「うん、背が高くて格好いい男性と楽しそうにしていたからね。これってデートってやつでしょう。水を差すほど私も野暮やぼじゃないっていうか〜」

「ああ……」


 ソフィアは丸テーブルに突っ伏せると、クスクス笑いつつ指で円を描く。

 よっぽどのラブラブ具合を目にしたらしい。


「会うのは別の日でもいいしね〜。本人が幸せそうなのを確認できたしね〜。異性の趣味も分かっちゃったしね〜」

「その親戚さんは、ソフィアさんが王都にいるのを知っているのですか?」

「当然、知らないよ〜。驚かそうと思ってね」

「へぇ〜」


 心に引っかかる言い方だが、茶目っ気の裏返しみたいなやつだろう。

 仕草だって気ままな猫に似ている。


「ねぇねぇ、ウィンディはさ、男性を好きになったことある?」

「えっ⁉︎ 私ですか⁉︎」


 ストレートに聞かれると困ってしまい、テーブルの下で指先をこする。


「あんまりないかも……」

「でもさ、でもさ、魅力的な男性と二人きりになったことはあるでしょう」

「そりゃ、何回かは」


 思いつくのはグレイ。

 あの人と一緒だと安心する。

 話していて心地良いし、ピンチの時は守ってくれそう。


(グレイ様とエリシア様は恋仲だから……)


 それを知っているからこそ自然に話せる気がする。

 恋愛に発展しない異性というのは、期待することもなければ、裏切られることもない。


「釣り合いの取れている男女ってステキだよね〜」

「分かる気がします。私の近くにもいます」

「もしかして嫉妬しっとしているの?」

「いやいや⁉︎ 嫉妬する気も起きない人たちです!」


 ソフィアは上体をクネクネと揺らす。


「王都って楽しいな〜。君たちみたいな女の子に会えるなんて。魔剣士の見習いって、いつも何してんの? 魔物の退治とかするの?」

「私たちは駆け出しなので、剣の稽古けいこをやっていることが多いですかね」

「エリシア様の部屋のお掃除も、私の大切な使命なのです」


 マーリンが横から口を挟んだ途端、ソフィアは乱雑にカップを置いた。

 ソーサーが割れるんじゃないかと一瞬ヒヤッとした。


「えっ⁉︎ エリシア様って、あのエリシア様⁉︎ ミスリルの魔剣士の⁉︎」

「はい、私が唯一の弟子なのです」

「うわ〜。弟子とかいるんだ〜」

「私はへっぽこですが……」


 マーリンが恥ずかしそうに指先ツンツンしていると、ソフィアの白い手が伸びてきて、顔を上に向かせた。


「ねぇねぇ、ミスリルの魔剣士ってどんな人? 強いんでしょ。普段、何やっているの」

「エリシア様はとても素晴らしいお人です」


 気さくで、人格者で、王宮のスタッフにも優しい。

 いつも政務で忙しいけれども、人や物に当たり散らすこともない。


 マーリンの口から語られるエリシア像を耳にしたソフィアは、うんうん、と満足そうに頷いてから紅茶を口まで運ぶ。


「へぇ〜。エリシア様はみんなから愛されているんだ」

「それ以上に国と国民を愛しております。だから私もエリシア様が好きなのです」

「聖人君子だね〜。若いのに立派だね〜。まさに国の宝だね〜」

「そんなエリシア様のお役に立つのが私の夢なのです」

「メッチャ健気じゃん!」

「でも……」

「ん? 若者の悩みかね? 天才ソフィアさんが聞いてあげるよ」


 マーリンは魔法が使えない。

 ミスリルの魔剣士の弟子なのに。

 魔法の素質はあるはずなのに。


「周りの期待を裏切っているようで、とても心苦しいのです」


 すべてを聞き終えると、ソフィアは意外そうな顔をして頬杖をついた。


「ありゃ、君って魔法が使えないんだ? オッドアイの人って普通は魔法の才能があるのにね。防護結界シールドすら使えないってこと?」

「はい。ソフィアさんが羨ましいです。天賦てんぷの才がありますから。同時に二種類の魔法を操れるなんて、私にとっては神様なのです」

「神様か〜。照れますな〜」


 ソフィアはあごの下で手を合わせて、むふふ、と笑った。

 やっぱり猫みたいな人だな、とウィンディは思う。


「じゃあ、私が特別なトレーニング方法を教えてあげよっかな。これを毎日頑張っていると、成長スピードが違うんだよね」


 そういって両手を胸の前まで持ってきた。

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