第142話 おもしろい冗談だね!

 けっきょく、天然魔石の破片が五つ入ったセットを買った。

 お金はウィンディが出そうとしたけれども、一部はマーリンが負担してくれた。


「えっ⁉︎ マーリンって王宮の外に出るの、今日で四回目なんだ⁉︎」

「どこへ行っても目新しいものばかりなのです」

「箱入り娘だね〜」


 ちょこちょこ真横を歩いてくる姿が可愛い。

 急に妹ができたみたい。


(迷子にならないよう責任をもって守らないと……)


 人通りの多いメインストリートへやってきた。

 屋台がたくさん出ており、甘ったるい香りが食欲を刺激してくる。

 はぐれないよう強めに手を握っておいた。


 食べ物は二人で半分こした。

 最初に買ったのはタイヤキ。


「マーリンって、タイヤキ食べたことある?」

「未知の食べ物なのです!」


 王宮のメイドが美味しいと話していた。

 実はウィンディも初めてである。


 魚の形をしたふわふわの生地がある。

 その中に熱々のアンコが入っている。

 アンコが何なのかお店の人に聞いたら、豆を煮詰めて、塩や砂糖を加えたものと返された。


 タイヤキを二つに割った。

 頭側と尻尾側、どっちがいい? とマーリンに聞いてみる。


「お魚が二つになっちゃいました! 少し可哀想なのです!」

「アハハ……単なる食べ物だって。マーリンは優しいな〜」


 マーリンは尻尾側がいいと言った。


 お口でふ〜ふ〜して食らいつく。

 あまりの美味しさに叫び声が出る。


「今ごろエリシア様も楽しんでいるでしょうか」

「食べ歩きしているんじゃないかな。マーリンはエリシア様に誘われなかったの?」

「実はグレイ様に誘われたのですが、お二人の邪魔になると思い、ウィンディと一緒に出かける、と答えました。いや⁉︎ 仕方なくウィンディを選んだわけじゃなくて⁉︎ ウィンディと豊穣祭エリシア・デイを楽しみたかったのは本音で!」

「うん、ありがとう」


 マーリンの唇についているアンコを取ってあげる。


 周りにはワンピース姿の女の子がたくさんいる。

 でも、一番可愛いのはマーリンだと思う。


 希少なオッドアイも色違いの宝石みたいで人目を引く。

 あと五年して、マーリンの背丈がエリシアに追いついたら、びっくりするくらい美人になっているだろう。


「次のお店、いこっか」


 マーリンに色んな物を食べさせた。

 焼きたてのベーコンはパリパリして香ばしかったし、伸びるチョコレートは見た目も楽しかった。

 果物に穴を開けて飲むジュースは期待したほど甘くなかった。


 ドーナツの屋台もあった。

 一口サイズのドーナツが六個入りで売ってある。

 マーリンの口に突っ込んであげると笑顔を炸裂さくれつさせていた。


「マーリンって華奢きゃしゃなくせによく食べるね」

「はぅっ……実はお腹が空きやすくて……役立たずなのに食事の量だけは一人前なのです」

「グレイ様が言ってたよ。魔力の多い人はお腹が減るのも早いって。エリシア様も小さい頃から人一倍食べていたんだってさ」


 たくさん食べたら紅茶かコーヒーが欲しくなった。

 そんなウィンディの気持ちを見透かしたわけじゃないだろうが、目の前におしゃれなカフェがあって、しかもテラス席が空いていた。


「ちょっと休憩していこっか」

「こういうカフェ、高そうですよ⁉︎」

「いいって、いいって。今日の私はお金持ちだから」

「あわわっ⁉︎ 緊張します!」


 ちゃんと前を向いて歩かないと危ないよ。

 そう注意しようとした時、小さな悲劇が起こってしまった。


 マーリンが中から出てきたお客とぶつかったのである。

 頭突きをかますような形になる。


 ふらつく相手。

 倒れかけたマーリンを慌てて支える。


「すみません! ごめんなさい!」


 べちょ、と不吉な音がした。

 足元を見るとクレープが落下している。

 しかも、相手の黒ローブを思いっきり汚している。


(やってしまった〜〜〜!!!)


 怖い人だったらどうしよう……。

 内心でガクガクしつつ顔を上げる。


「ごっめ〜ん、全然前を見てなかった〜」


 降ってきたのは陽気な声。


 相手は女性だった。

 目深にフードをかぶっているので年齢は分かりにくいが、ウィンディより少し歳上くらい。


「私って王都に慣れていなくてさ。痛くなかった?」


 彼女は夜空のように黒い髪と、ルビーのように赤い目をしていた。

 ローブから伸びる手首には金のブレスレットが巻かれており、マーリンの方へ優しく伸ばしてくる。


「申し訳ありません! クレープは弁償します! ローブのクリーニング代も払います!」

「ん? クレープ?」


 女性はローブの汚れにようやく気づいた。

 怒鳴られるかと身構えていたが、返ってきたのは天使のように涼やかな笑み。


「ああ、いいよ、いいよ。安物のローブだし」

「ですが……」


 お金に余裕のあるお嬢様なのだろうか。

 にしては気さくな口調だし、付き添いの姿も見当たらない。


「それより怪我はない? オッドアイのお嬢さん」

「だ……だ……だ……大丈夫でしゅ!」

「怖がらなくていいよ」


 女性はお店のスタッフを呼んで、床を汚してしまったことを詫びた。

 するとスタッフは「新しいクレープをご用意します」と頭を下げる。


「君たちって、もしかしなくても魔剣士見習い?」

「どうして分かったのですか⁉︎」

「簡単に分かるよ〜」


 人差し指を向けられる。


「魔力が強い人はオーラが違うんだよね。群衆の中にいても分かっちゃう感じかな。その青目、珍しいね。普通じゃないよね」

「もしかして、あなたも魔剣士見習いですか?」

「う〜ん、ちょっと近いかも」


 そういう彼女の距離も近い。


「そうだ。いいものを見せてあげる」


 女性はローブの汚れた部分を包むように握った。


「こうして水の魔法と火の魔法を同時に唱えて……」


 熱水で汚れを落としていく。


「さらに火の魔法と風の魔法を同時に唱えて……」


 今度は温風で乾かしていく。


「ほ〜ら! きれいになったでしょ!」

「ッ……⁉︎」


 二種類の魔法を同時に操る。

 単純なメカニズムだが、現役の魔剣士でも難しいと、グレイから聞いたことがある。


「びっくりした? びっくりしたでしょ? これ、コツをつかまないと無理なテクニックなんだよね〜。でも、私って天才だからね〜」

「もしかして、あなたがエメラルドの魔剣士様ですか?」

「あっはっは! おもしろい冗談だね!」


 違った。

 真面目に質問したウィンディのほほが熱くなる。


「でも、魔剣士に間違われるのって、何気に嬉しいかも。どうしよっかな〜。私も将来、魔剣士を目指そっかな〜」


 スタッフが持ってきた代えのクレープを赤目の女性はおいしそうにめた。

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