第15話 王都ペンドラゴンへ

「どこの集落も余裕がありそうだな」


 グレイは小さく呟いた。

 近くに人はいないから独り言である。


 一人旅も三日目だ。

 村から村へと徒歩で移動して、日が暮れそうになったら、安い宿を探すか、民家の物置きを借りている。


 食事はシンプルに済ませている。

 魚や果物はいくらでも手に入ったし、飯屋を利用する時も一番安いメニューを注文しておいた。


 お金をケチりたいとか、そういう意図があるわけじゃない。


 一度は死んでしまった身分。

 食べ物があるだけ幸せという感覚になっている。


「十年経ったといっても店で出される料理は昔のままか……」


 これも独り言だ。

 ところが隣席の親父おやじに聞かれてしまった。


「もしかして兄ちゃん、旅の人か?」

「まあ……」

「やけに大きな剣だな。珍しい。軍人という感じでもなさそうだが」

「魔剣士の関係者です。弟子ではありませんが」

「この街へ来るのは十年ぶりか?」

「そうですね」


 ほろ酔いの親父はグレイのテーブルに引っ越してきた。


「お酒、飲めるか? 俺が一杯おごってやるよ」


 そういってビールの入った木製ジョッキを持ち上げる。


「じゃあ、一杯もらいましょうか。お返しに俺も一杯奢ります」

「あっはっは! おあいこじゃねえか!」


 ちょうど話し相手が欲しかったところだ。


 お店は繁盛している。

 店員たちの顔色だって明るい。

 景気が良いのだろうな、というのが伝わってきた。


「みんな楽しそうですね。近ごろ金回りがいいのですか?」

「何いってんだよ、兄ちゃん」


 笑われてしまった。


「減税だよ。ミスリルの魔剣士様が誕生したから特別にな。庶民の暮らしに少し余裕ができたんだ」

「ああ……」


 減税?

 いや、言葉の意味は知っている。

 でも耳にしたのは本当に久しぶりなのだ。


 税金は上がるものであって下がるものじゃない。

 そんなイメージが完成されている。


「しばらく俗世から離れていたのかよ」

「そんな感じです。王都ペンドラゴンに帰るのも久しぶりで……。実はミスリルの魔剣士が誕生したという話も最近知って驚きました」


 すると親父は腹を揺らして笑った。


「すごいな、兄ちゃん! 山の中に三年くらいこもっていたのかよ!」

「かなり近いです」


 親父は馬車で人や物を運ぶのが生業なりわいらしい。

 明日には王都ペンドラゴンへ着くらしく、荷台に乗せてもらえることになった。


「魔剣士エリシア、かなりの人気者ですね」

「当たり前よ! もう女神様のような存在だよ!」

「アヴァロンを倒したということは、女狩人みたいな猛者でしょうか」

「いやいや……」


 親父は指を左右に振る。


「一回だけ本物のエリシア様を見たよ。遠目だったがな。まさに聖少女のような御仁ごじんだよ。あの人の周りが輝いて見える。あまりの美しさに目が焼けるかと思ったぜ」


 グレイは片眉を持ち上げる。


「聖少女ですか……」


 若いという意味か。

 華奢きゃしゃというニュアンスか。

 判断しかねるキーワードが出てきた。


「俺もエリシア様にお会いするのが楽しみです」

「びっくりするぜ。品位も人格も実力も備わっているんだ」

「完全無欠みたいな?」

「そうそう。国中がエリシア様フィーバーに沸くのも無理はない。腕のいい絵描きが肖像画を作ろうとしたら、実物のエリシア様の方が美しくて、絶望したって話だからな」

「それはすごい」


 グレイの中にあった猛者エリシア像が音を立てて崩れていく。


「兄ちゃんは若いけれども、王都に家族を残してきたのか」

「弟子がいます。女の子です」


 手元のビールに視線を落とした。


「これが中々のドジっ子で……。本人は立派な魔剣士になることを夢見ています。知り合いに預けているのですが……。サボらずに修行しているか、これから確かめてきます」

「ほう、お弟子さんか」


 親父がニヤリと笑う。


「将来、エリシア様みたいになるかもな」

「そうなったら師匠としては嬉しくもあり悲しくもありますね。弟子に追い抜かれますから」

「言えてるな」


 二人の笑い声が重なった。


 近年、魔剣士を目指す子供が増えたらしい。

 もちろんミスリルの魔剣士フィーバーの恩恵だ。


「でも、魔剣士というのは過酷な職業なんだろう」

「そうですね。まず任命されるまでが大変です。そして魔剣士になってからも楽じゃありません。ミスリルの魔剣士くらい強ければ別ですが、やはり殉職してしまう魔剣士は多いです」


 グレイは量の減った木製ジョッキを揺らす。


「そういや十年前にオリハルコンの魔剣士様が亡くなったな。遺体のない葬儀だったから、俺もよく覚えている。あの日は霧雨が降っていた。王都全体がシーンとしていた」

「ですか……」


 自分の話題に苦笑いする。


「ビール、おかわりするか?」

「じゃあ、もう一杯」


 もうすぐ愛弟子に再会できるのかと思うと、グレイの胸中は年甲斐としがいもなくワクワクしていた。

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