第16話 人々から愛される理由

 ハイランド王国……。

 一千年の歴史を持つ統一国家である。


 男系による継承は今でも続いているが、王家が直接統治していたのは最初の三百年くらいで、以降は共和制に近いシステムを採用している。


 首都ペンドラゴン……。

 ハイランド最大の百万人都市だ。


 王宮、神殿、議会場、大図書館といった建物群が、三重の城壁の中に設置されており、学問や芸術の中心地として栄えている。


 国家の権力は三つに分散している。


 元老院……。

 民衆を代表する百人のメンバーから成る。

 一年おきに選ばれる執政官コンスルが実質的な国政のトップを務める。


 聖教会……。

 国教として定められているセントエルモ教のこと。

 信徒一千万人を束ねている大祭主は、非公式ながら、隠然たる政治力を有している。


 魔剣士……。

 本当の意味で国を支えているヒーロー的存在。

 国民からの支持は絶大であり、執政官や大祭主といえども、魔剣士の声を無視したら失脚しっきゃくしかねない。


 いわば監視の目。

 元老院や聖教会が暴走しないためのブレーキ役といえる。


「見えてきたぜ、兄ちゃん」


 馬車の荷台でうつらうつらしていたグレイは頭をもたげた。

 夕陽に染まったペンドラゴンの城壁が、天と地を分断するように横たわっている。


横臥おうがしている竜の姿に似ている』

 誰が言い出したのか不明だが、ペンドラゴンの街はそう表現される。


 都市の中心部は小高い丘にある。

 ギザギザの建物群が竜の背中に見えなくもない。


「この近くに定番の観光スポットがあるんだ。ついでだから寄っていくか」


 特に断る理由もないので案内してもらった。


「もしかして、ミスリルの魔剣士に関係する場所ですか?」

「お、察しがいいな。見えてきたぜ」

「これは……」

「すごいだろう」


 親父は自慢げに鼻の下をこする。


「王都ペンドラゴンの新しい観光スポットだ。わざわざ遠方から大勢の人が押し寄せてくる。実物を一目見たくてな」


 巨大モンスター。

 アヴァロンの骨格だった。


 頭、背、あばらで構成されているアヴァロンはむくろも丸っこい。

 隆起した大地によって串刺しにされており、先端は眼窩がんかの位置から飛び出ている。


 トドメの一撃だろう。

 グレイも似た魔法は使える。

 でも技のスケールが違いすぎる。

 見ていて寒気がするほどに。

 

「圧巻ですね。これをミスリルの魔剣士は一人で?」

「そうだよ。この場所に誘導してエリシア様がやっつけたんだ。でっかい魔物だろう。アヴァロンは底なしの食欲を持つらしい」


 アヴァロンの強さを知っているグレイの手が震える。


「入口はこっちだ。ついてきな」


 遠くから見る分には無料。

 入場料を払えば近くから見られる。

 親父は当然のように二人分の料金を払った。


「ここの売上は社会福祉のために使われている」

「ミスリルの魔剣士の発案ですか?」

「おうよ」


 なるほど。

 観光の収入を国家運営に役立てるわけか。


 心優しいだけの女性じゃない。

 ミスリルの魔剣士は政治的センスを持ち合わせている。


 グレイは木製のスロープを登った。

 アヴァロンを取り囲むようにカーブしており、様々な角度から骨格を観察できる。


 頂上に出る。

 観光客の子供が大興奮している。


「ちびっ子に大人気だ。巨大なものが好きだからな」

「戦場だった場所を観光地に変えるなんて、考え抜かれたアイディアですね」


 アヴァロンの遺骨は実質タダ。

 かかった費用といえば柵とスロープの建設費くらい。

 スタッフを配置するから雇用の創出にもなる。

 しかも観光客が増える。


 一石二鳥どころか三鳥にも四鳥にもなる。


「ここにお金を落とせば国家の役に立てる。だから人々も入場料を払う。繰り返し見にくるリピーターだって多い」


 かくいう親父もリピーターの一人である。


「大した人だよな。この怪物を一人で倒せるなんて」

「ええ、まったく」


 骨だけになったアヴァロンは、丸っこいフォルムのせいか、マスコットキャラのような愛嬌すら感じさせる。


「やっぱり、エリシア様は魔剣士の中でも別格なのか?」

「そうです。普通の魔剣士が一人でアヴァロンに挑んだら、力尽きて負けるでしょう。アヴァロンを仕留めるには、向こうの魔力を枯渇こかつさせる必要があります」


 売店のところでアヴァロン骨格のミニチュアが売られていた。

 職人が一個一個手作りしたやつだ。

 これも経済を潤す工夫だろう。


「エリシア様は強いだけじゃない。世の中を良くしようと色々動いている。その成果が出ているから、みんなから愛されている」

「なるほど」


 グレイはミニチュアを一個つまんだ。

 この中に人々の知恵や工夫が詰まっている。


「アヴァロン人形、一個買っていくか」

「そうですね。弟子にプレゼントしてみます」


 エリシアは十八歳だから、さすがに喜ばないだろうと思いつつ、お土産と化したアヴァロンを買っておいた。


 本当は人類の敵なのだが……。

 観光資源として役立つなんて、目からうろこというやつだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る