第14話 置き土産と、魔法と
グレイは二十日ほど村に滞在した。
リハビリがてら農作業を手伝ったり、子供たちに剣の稽古をつけてあげた。
あと壊れた橋を修復しておいた。
魔法が使えるグレイには打ってつけの仕事であり、一番喜ばれた。
早く都へ行きたい気持ちはある。
エリシアを探したい。
かつての同僚に会いたい。
しかし、道中に魔物と出くわして苦戦したのでは笑えない。
十分体力を付けておこうという判断だ。
作業で汗を流したグレイが木陰で休んでいると、
「どうぞ。お食べになってください」
と老婆がフルーツを差し出してきた。
「ここ二、三年は豊作が続いております。ミスリルの魔剣士様のお陰かもしれません。天候が安定していますから」
「どうも」
グレイはフルーツに犬歯を突き立てた。
酸味のある甘さが口いっぱいに広がった。
「皆さん、エリシアのことが好きなのですね」
「ええ、人民の暮らしを第一に考えてくれる方です。毎日神々に祈りを捧げてくれているそうです」
この老婆だけじゃない。
十人いたら十人ともエリシアを褒め称える。
一度も会ったことがないのに、だ。
豊穣の女神エリシアと同名であることを差し引いても、恐ろしいまでのエリシア人気といえよう。
まるで聖人君子じゃないか。
皮肉屋のグレイはそう思う。
エピソードを聞く限り、エリシアは欠点のない人格者で、歳上を
爪の
「実際にエリシアを見たいと思いますか?」
「もちろん。大層お美しい方という評判です」
本当かな? とグレイは首をかしげる。
実績のある女性は美しいという評判が立ちやすい。
平均くらいの容姿でも、美人だ、美人だ、と周りが持ち上げる。
よって外見に対する評価が一番アテにならない。
何といってもエリシアは当代最強の魔剣士。
きっと大女だな。
ベッドから足がはみ出るくらいの。
会ったら腕相撲してみるか。
「おや……」
老婆が視線を転じた。
この村の妊婦が井戸から水を汲んでいる。
「女の子が生まれたらエリシアと名付けるそうです」
「昔から人気の名前ですよね」
「ちなみに男の子ならグレイにするそうです」
「は……はぁ……」
グレイか。
魔剣士として死亡認定された身としては複雑な心境だ。
その赤子、苦労まみれの人生を送るのではないか。
女の子が生まれろ!
グレイは妊婦に念を送っておく。
「しかし、今年生まれた女の子はエリシアだらけになりそうですね」
「本当ですよ! 一個の村に何人もエリシアが誕生します!」
老婆が大笑いする。
「ししょ〜!」
木剣を持った男の子三人組が走ってきた。
「稽古つけて〜!」
「別に構わないが、勝手に師匠と呼ぶな。弟子を取るつもりはないし、そもそも俺は魔剣士じゃない」
「えっ〜⁉︎ いいじゃん! 雰囲気だよ!」
子供は自由だよな、と思ったグレイは渋面を浮かべつつ練習用の棒を手にとる。
「分かった。好きなところから打ちかかってこい」
三人は一斉に挑んできた。
二本の木剣は受け止めて、残り一本は魔法の盾でガードする。
「あ〜! 魔法を使うなんて卑怯だぞ!」
「ほぅ……じゃあ本気を出してやるか」
グレイは回避と防御に専念した。
少年らは本気で打ちかかってくるが、ひらりひらりと避けていく。
どうしても避けられない一撃だけ棒で受け止めた。
「どうした? 俺は一回も攻撃していないぞ」
「くそっ……つえ〜」
涼しい顔をしたグレイの前に少年らは手をつく。
「ねぇ、ししょ〜は明日、出発しちゃうんだよね」
「そうだな。都で色々と手続きがある。死亡認定を取り消してもらったり、そのための報告書を提出したり、いつまでも村の世話になるわけにはいかない」
「だったらさ、置き土産に格好いい魔法を見せてよ!」
「おい、魔法は見せ物じゃないんだぞ」
「分かっているよ!」
少年らはしつこくお願いしてきた。
「やれやれ。一回だけだぞ。危ないから近づくな」
グレイは草むらにある岩を指差した。
一抱えくらいの大きさがある、何の変哲もない岩石だ。
「いくぞ」
まずは地面を勢いよく隆起させる。
岩はグレイの身長より高くに浮いた。
続いて左手で魔法の槍を錬成する。
勢いよく発射すると、穂先がど真ん中に命中して、岩を空中で四つに割った。
「おぉ〜!」
「すげぇ〜!」
「格好いい〜!」
彼らを見ていると昔の自分を思い出す。
師匠の魔法が格好よくて、グレイもできるようになりたくて、こっそり練習しまくった。
『魔法は見せ物じゃない』
あのセリフも師匠の受け売りだ。
「ほら、満足したら家に帰って親の仕事でも手伝え」
「は〜い!」
少年らは大人しく従った。
翌朝になった。
旅立つグレイを見送るため、たくさんの村人が集まってくれた。
グレイの背中では真新しいマントがはためいている。
村人がお金を出し合って新調してくれたのだ。
別れの挨拶を済ませたグレイは一歩を踏み出す。
ふと思いつき、魔法で地面に文字を書き残しておく。
『ありがとう』
それだけのメッセージである。
今度こそ世話になった村を離れる。
一人の旅なんて本当に久しぶりである。
ミスリルの魔剣士が待つ土地、王都ペンドラゴン。
そこが次なる目的地なのである。
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