第108話 弟子入りするなら三人の誰か

 酪農の盛んな村だった。

 どの家も家畜をたくさん飼っていて、日の出と共に起き、日没と共に休むような毎日だった。


 若い人たちは『いつかこんな村を出てやる!』と息巻く。

 兄もそうだったし、姉もそうだった。


 でも、大人になって結婚すると『田舎の暮らしが平和で一番だな』と急に悟ったようなことを口にする。


 納得いかなかった。

『一度も都会に住んでいないのに田舎が一番とか変じゃない⁉︎』というのが率直な感想だった。


 外部からやってきた人と話すのは好きで、王都にいる魔剣士の話もたくさん聞かせてもらった。


 七人いるとされる魔剣士。

 今だけ特別に八人目がいる。

 名をエリシアといって十八歳の女の子なのだと。


 聖少女とか、女神の生まれ変わりとか、エリシアの評判は田舎でも有名だった。

 エリシアという名の新生児が激増するくらいには。


 いつか王都へ行こう。

 本物の魔剣士をこの目で見よう。

 エリシアがどんな顔で、どんな声で、どんな性格なのか自分で確かめよう。


 チャンスは意外と早くにやってきた。


 村で原因不明の病が流行ったのである。

 黒粗病こくそびょうといって、すぐに死んじゃうような病気じゃないが完治させるのは難しい、と流浪るろうの医者が教えてくれた。


 村人の三割くらいが一気に倒れた。

 このままじゃ村が終わってしまう気がした。


 大丈夫。

 自分には力がある。

 神様の与えてくれた能力が。


 親からは使わないよう釘を刺されていたけれども、この能力をお金に変えて、十分な薬を手に入れるのが、自分に課せられた使命だと思った。


 目指すは王都ペンドラゴン。

 娘が成人した時のために親が貯めておいたヘソクリを盗むと、十六年間暮らしてきた村を離れた。


 ウィンディはハッとして目を覚ました。

 知らない天井が映っていて、知らないベッドの中で横たわっている。

 枕元には折り畳まれた服がある。


 貴重品は失っていない。

 宿に泊まった時も貴重品が盗まれないよう気をつけろ、と教えてくれたのはアッシュという男だった。


(どうしているかな、あいつ)


(自慢の大剣が真っ二つになったけれども……)


 身を起こして「痛い!」とうめく。

 極度の筋肉痛である。


 王宮の皿洗いなんて、命の危険がある訳じゃないし、楽な仕事だと舐めていたが、かなり体力が必要だった。


 立ちっぱなしはキツい。

 皿を一枚割ってムチャクチャ怒られ、罰として床の掃除をやらされた。


 大きな鏡をのぞいてみる。

 当たり前だが、ウィンディの顔が写っている。


 本物のエリシアを見たという人が村に一人だけいた。

 ウィンディに似ている、と褒めてくれた。


 その話は半分本当で半分嘘だった。

 似ているのは肌の色と髪色くらいで、目の色はそこまで似ていなかった。

 魔剣士のグレイに質問したら、


『う〜ん……似ているのか似ていないのか微妙なところだな』


 と返されたので間違いないだろう。


 今にして思うと恥ずかしい。

 故郷を救うためとはいえ、よくエリシアの名を騙れたものだ。

 人間、追い詰められると何をするか分からない。


 たくさんの魔剣士と出会った。

 グレイ、ファーランと話せたし、その日の夜にはネロ、レベッカとも対面した。


 エリシアは……なぜか体が縮んでいるらしい。


(だよね……美少女と評判なのに、あれじゃプニプニして可愛いだけの生き物になっちゃう)


 故郷に帰ったら自慢しようと思う。

 本物のエリシアと握手しちゃった、と。


 ドアの下。

 一枚の紙を見つけた。

 引き抜いてみるとグレイの筆跡で『大切な話があるから目を覚ましたら俺の部屋を訪ねてくれ』と書かれていた。

 ウィンディが迷子にならないよう地図まで添えられている。


 着替えをすませたウィンディはそぉ〜っとドアを開ける。

 王宮の廊下には一生かけても弁償できなさそうなアンティークが置かれており、田舎の夜道より何倍も怖かったりする。


「クイーン宮殿へ行きたいのですが、こっちで合っていますか?」


 王宮のメイドは親切な人が多かった。

 ウィンディと変わらない年齢の子も働いている。


「何してんの?」


 ふいに声をかけられ肩がビクッと跳ねる。


(やばい⁉︎ ネロ様の声だ⁉︎)


 振り返ると白髪の少年が立っていたが、中身は三十七の男性で、本物の魔剣士だと教えられた。


 ネロはとにかく顔と肌がきれい。

 あと冗談が大好きらしい。


 昨日だって『その目、クロノスの瞳ってやつでしょう。闇市場じゃびっくりするくらい高い値がつくらしいぜ。誘拐されないよう気をつけね〜とな。クックック……』といわれ、ウィンディはその場で小便を漏らしそうになった。


『ネロの言うことは気にするな』とグレイは励ましてくれた。

 でも人の目玉の売買が禁止されているってことは、ずっと昔に売買されていた証拠だろう。


「グレイの私室? だったら散歩がてらオイラが案内してあげるよ。ついてきな」


 魔剣士の親切を無下にする勇気がウィンディにあるはずもなく、生まれたての子鹿みたいに手脚を震わせながら追いかけた。


 ネロは歩きながら鼻歌を鳴らす。

 知らないメロディだが、優しい気分になったせいで、ウィンディまで釣られて歌う。


「そうそう、ウィンディってこれから魔剣士を目指したりするの?」

「それはどういう意味でしょうか?」


 質問してきたのはネロの方なのに、なぜか驚いた顔を返される。


(あれ? 変なこと言ったかな?)


 魔剣士は選ばれし存在。

 幼少期から訓練していることはウィンディでも知っている。

 エリシアなんて物心つく前から弟子入りしていたという話だ。


 一方のウィンディは十六歳。

 遅い、いや、かなり遅い。


 こちらの表情からウィンディの気持ちを汲みとったらしく、ネロは納得するように「ふ〜ん」と笑ったから、無礼を働いたわけじゃなさそう。


「今のところ弟子がいない魔剣士は三人いる。エリシア嬢、グレイ、ファーランね。まあ、エリシア嬢をグレイの弟子としてカウントするのか、判断が分かれるところではあるのだが……」


 弟子入りするなら三人の誰かにお願いするのがいい。

 そんな話だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る