第107話 魔剣士グレイ vs 傭兵アッシュ

 ウィンディの喉から、ひぇっ⁉︎ と悲鳴が上がった。

 グレイの目つきが真剣そのものだったからだ。


 自信過剰はいいだろう。

『魔剣士並み』という触れ込みも、目くじら立てていたらキリがない。


 グレイが本気になったのは、アッシュが悪い男じゃなくて、腕利きの傭兵で、周りから慕われていると思ったからだ。


「俺に勝負を挑んでくるとはな。でもよ、先に名乗るのが礼儀ってもんじゃねえか」

「勝負が終わったら教えてやるよ」


 外へ向けて歩き出す。


「一対一の対決だ。一瞬とは言わないが、短期で終わるだろう」


 背後から「いいのですか、止めなくても?」というファーランの声が聞こえた。

「うん、大丈夫」とエリシアが答える。


 両者は通りで向かい合った。

 ギャラリーはエリシア、ファーラン、ウィンディ、そして傭兵ギルドの面々だ。


 グレイは片手剣を、アッシュは大剣を装備している。

 強い風が吹いて、二人の間に土煙を立てる。


「もし俺が勝ったらウィンディの案件から手を引け。エリィが言った通り、お前じゃ竜のエサになるのがオチだ」

「ふん、依頼人を横取りしようって魂胆か。あま、いい。実力が正義の世界だしな」


 先に仕掛けてきたのはアッシュ。

 左手を前にかざして矢継ぎ早に魔法を放ってくる。


 最初は火、次は水、その次は風。

 グレイは防護結界シールドを展開させて、すべて正面から受け止めた。


(この男の魔法……自己流で覚えたのか)


 魔力の使い方が荒っぽい、という印象を受けた。


 エネルギーのロスが大きく、コントロールも甘い。

 魔剣士に師事したことのある人間とは根本的に違う。


「その程度か。俺は怪我しないから本気を出していいぞ」

「ほう、言ったな」


 アッシュが頭上に魔法の槍を錬成する。

 勢いよく左腕を振り下ろし、グレイ目がけて発射してくる。


 さっきまでの一撃より重い。

 が、グレイが人差し指を向けると、槍は接触する寸前で止まってしまい、チリチリと灰のように散っていく。


 アッシュがもう一度魔法を放ってくる。

 前回同様、グレイは指一本でかき消す。


 両者の体格は同じなのに、魔力は圧倒的に違うという、残酷な真実にギャラリーも気づき始める。


「くそっ⁉︎」

「言っておくが、その幼女の魔力は俺の何倍もあるからな。世界の広さが分かっただろう」


 魔法で敵わないと知ったアッシュは大剣に手を伸ばした。

 これはグレイの望む展開だった。


 アッシュを十分に引きつけてから腰の剣に手をかける。

 しっかりと目標を見定めて一閃する。


 パキン、と。

 アッシュの大剣が真ん中から砕ける。

 二つになった大剣の片方は、猛スピードで空中を回転しながらアッシュの前に落下する。


 折れた剣身に反射しているのは敗者の顔か。

 はるかな空の高さか。


 グレイの位置からだと小刻みに震える肩しか見えない。


 昔は逆だった。

 師匠に百回挑んだら百回負けた。

 心が折れかけているアッシュの中に、グレイはかつての自分を見つけた。


「すまん。お前の商売道具を折ってしまった。俺が教える鍛冶屋へ行って直してもらえ。魔剣士グレイの紹介と言えば代金は不要だろう。後で俺が払っておいてやる」

「それじゃ……あんたが……」

「オリハルコンの魔剣士グレイだ。訳あって魔剣は家に置いてきた」


 相手の強さを見抜けなかったことが悔しいのか、アッシュは血がにじむほどの強さで地面を殴った。

 一回だけでなく、何度も、何度も。


「行くぞ、ウィンディ。千年竜の卵が必要なんだろう」


 唖然あぜんとするウィンディに手招きしておいた。


「えっ⁉︎ えっ⁉︎ それじゃ……」

「俺たちが卵を取ってくる。ドラゴニアに詳しい魔剣士もいることだしな。魔剣士にしかできないことをやるのが魔剣士の仕事みたいなものだ」


 往復の日数を計算して、ウィンディの宿泊先も決めて、薬の作り方も調べて……。

 少し忙しくなりそう。


「あ、そうそう」


 忘れないうちにウィンディの頭を優しく小突いておいた。


「もうエリシアの名はかたるなよ。罰として王宮で皿洗いでもしておけ。言っておくが、王宮の皿洗いは、少しでも汚れが残っていたら怒鳴られるからな。十六歳の子供だからって容赦はしてくれないぞ」


 ペナルティを与えたつもりだが、ウィンディは照れ臭そうにはにかんだ。


「魔剣士様って優しいのですね」

「優しいかどうかは知らないが、お節介が多いのは事実だろうな」


 駆け出そうとしたウィンディは、くるりと振り返り、アッシュに向かって頭を下げた。

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