第135話 リベンジ戦とエリシアの信頼

 帰る途中。

 吹き抜けの空間を通りかかった。


 冷たい月光が差し込む中、三体の石像、初代から三代目までのミスリルの魔剣士が立っている。

 グレイたちが足を止めたのは三代目エリシアの前。


 四代目エリシア同様、身だしなみに気をつかう女性だったと伝わる。

 髪は肩のあたりで切りそろえており、当時の王都ではミディアムボブの髪型を真似る女性が激増したのだとか。


 美人である。

 それ以上に知的な女性というイメージを受ける。

 学者としての一面もあって、珍しい植物や動物を見つけるため、一年の半分は王都を留守にする人だったらしい。


「一度は話したと思うが、俺たちはマーリンを王宮の地下で見つけて保護した」

「はい、エリシア様からもその時の様子は聞いています」

「そうか。俺たちも詳しいことは分からないが……」


 マーリンを封じたのは三代目エリシアの可能性が大きい。

 マーリンの記憶が欠落しているのも三代目エリシアの手による封印だろう。


「なぜ三代目エリシア様がそんなことをしたのか、俺にはさっぱり分からない。でも、次のミスリルの魔剣士とマーリンが出会うよう、計画した上での行動だと思う」


 石像の人物と知り合いだったと言われても、マーリンはいまいちピンと来ないはず。

 なにせ三百年も前に生きた女性なのだから。


「記憶がないので、三代目のエリシア様がどんな方だったのか、私は分かりません。でも、お母さんみたいな人だな、という印象は受けます」

「そうか。何か思い出したらエリィに共有してやってくれ。マーリンの記憶が役に立つだろうから」

「はい! 頑張って思い出します!」


 エリシアの寝室までマーリンを送り届けたグレイは、ぼんやり月を眺めながら眠りについた。


 そして翌日の夕方。

 王宮の庭でマーリンのリベンジ戦が行われることになった。


 対するはスライム君二号。

 前回の反省を元にエリシアがチューニングを加えた擬似モンスターだ。

 マーリンは昨日とまったく同じ装備で初勝利を目指す。


 風が吹く。

 こずえのざわめきがマーリンの衣装を揺らす。


「今回は勝てると思います。焦らずに戦ってくださいね、マーリン」

「必ずやエリシア様に勝利をお届けします!」


 グレイは「ん?」と声を出した。

 エリシアの仕掛けに気づいて、なるほどとうなずいた。


 この場で種明かしするほど野暮やぼじゃない。

 それよりもマーリンの立ち回りだ。


 ジリジリと敵の背後から近づいていく。

 下からすくい上げるように攻撃して、すぐに距離を開ける。

 練習通りに動けており、昨日のマーリンとは別人のようだ。


 ヒットアンドアウェイを繰り返していると、スライムの体内にある魔石の光が弱くなっていった。

 一方、マーリンはスタミナを維持しており、スライムの反撃を華麗に避けていく。


 とうとう最後の瞬間がやってきた。


 魔石の光が失せたのである。

 重力に逆らうことを諦めたスライムがぐにゃっと潰れて動かなくなる。


「やった! 勝ちました!」


 飛び跳ねて喜ぶマーリンをエリシアが抱きしめた。


「さすがです。よく一日で成長できましたね」

「グレイ様に特訓してもらいました。コツを伝授いただいたお陰なのです」

「そうでしたか。知りませんでした。マーリンのためにありがとうございます、師匠」


 白々しい嘘をつくエリシアがおかしくて、グレイは笑いを我慢するのに必死である。


「それよりエリシア、早く教えてあげたらどうだ」


 何のことか分からないマーリンがキョロキョロする。


 実は戦ったスライム、昨日と同じ性能なのである。

 名前が一号から二号に変わっており、エリシアが『弱くした』みたいなことを言ったが、能力は据え置きのまま。


 マーリンなら勝てるはず。

 師匠として信頼していた証拠である。


「どうして秘密にしていたのですか⁉︎」

「マーリンには成長を実感してほしかったのです。そのためには同じ強さのスライムがいいでしょう」


 子犬みたいに頭をわしゃわしゃしてもらったマーリンは、両手でガッツポーズを作りもう一度飛び跳ねた。


 人の成長する瞬間を目の当たりにしたことで、グレイの胸中にも嬉しさが満ちていた。

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