第134話 ヒットアンドアウェイ
「はぅぅぅぅ〜。魔剣士見習いにあるまじき姿をエリシア様、グレイ様に見せてしまったのです。恥ずかしすぎて死にそうです」
失禁しそうになっているマーリンを大慌てで回収した。
自分でも滅多に触れることのない場所をスライムに攻められてしまい、あられもない声を連発しちゃうなんて、悪い夢でも見てしまった気分だろう。
スライムを壺に戻したエリシアも淡いため息をつく。
ちょっと元気が良すぎましたね、と。
人に害がないよう低刺激を与える設定にしていたが、下着の中にまで侵入したのは誤算だったらしい。
マーリンが大恥かいた責任の半分は師匠にあるだろう。
パラメータを落として明日再戦するのである。
そして夜中。
グレイの寝室をコンコンと叩く音がした。
誰かと思いきやマーリンだった。
ネグリジェ姿であり、ストレートの髪の毛を垂らしている。
いつもエリシアと一緒に寝ているので、こっそり寝台を抜け出してきたらしい。
(いや、エリシアが寝たフリをして、わざとマーリンを見逃したのか)
「あの……グレイ様にお願いがありまして……」
「エリィに内緒で秘密の特訓をしたいのか」
マーリンは例の短剣を持っており、用向きは一目で分かった。
特に断る理由もないので、二人で深夜の庭へ向かった。
「明日に響くといけないから少しだけな」
マーリンは素人だが、ずぶの素人じゃない。
アッシュやウィンディの戦いを何回も見ており、基本の型くらいは知っている。
「いいか、マーリン。スライムの弱点は機動力のなさだ。ヒットアンドアウェイに徹したら基本的に負けない」
「ヒットアンドアウェイ……ですか?」
「ウィンディが練習していただろう」
グレイは木の枝を拾ってナイフみたいに構えた。
踏み込む、攻撃する、退避する、これが一セット。
「攻撃しながら退がるモーションの準備をする。それがコツだ」
まずはグレイがお手本を見せて、マーリンにも何回かやらせてみた。
少し足元がフラフラしているが、ちゃんと連携は意識できている。
「相手がスライムだと地面スレスレを攻撃しないと当たらないことがある。上から叩きつけるような攻撃も悪くないが、下からすくい上げるような攻撃もマスターしておいた方がいい」
グレイは草むらの一点を示した。
あそこにスライムがいると思って攻撃してみるようマーリンに指示する。
一回目。
踏み込みが甘い。
短剣がターゲットに届いていない。
「やり直しだ」
「はい!」
二回目。
ちゃんと踏み込んだが、後退するのが遅い。
これでは反撃を食らってしまう。
「やり直しだ」
「はい!」
マーリンの目は真剣である。
何としてもエリシアの期待に応えたいという強い意志が伝わってくる。
「はぁはぁはぁ……これならどうですか?」
「もう少し腰を低く。じゃないとかすり傷くらいのダメージしか与えられない」
マーリンが気にしたのは寝衣の裾だった。
グレイが見ている前でまくり、お団子をつくるように縛って、膝上のところで固定する。
「いきます」
そして十回目。
踏み込みつつ短剣を振り上げると、千切れた草が宙を舞った。
すぐに後退してターゲットから距離を開ける。
「うん、合格だ」
「本当ですか⁉︎」
「明日は勝てると思うぞ」
トレーニングはいったん終了。
就寝前のマーリンを
「牛乳は飲めるか」
「コップ一杯分くらいでしたら」
王宮には冷蔵庫がある。
魔石によって冷気を生成し、肉や野菜を新鮮な状態でキープする
ランニングコストのかかる高級品なので貴族でなければ家に置けない代物だろう。
後片付け中のスタッフに声をかけてから牛乳を分けてもらった。
「マーリンの体は
「はい、意識してみます」
美味しそうに牛乳を飲むマーリンの横でグレイは厨房の入口を気にした。
「どうかしましたか?」
「いや、何でもない」
思い過ごしでなければ、エリシアが隙間からこっちを見ていた。
「さあ、今日はもう寝るぞ」
マーリンの口周りに白ヒゲができていたので布で
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます