第133話 上手くいかないこともある

 そして約束の夕方。

 王宮の隅っこにグレイ、エリシア、マーリンが集まり、これから開かれる訓練について話し合っていた。


「いいですか、マーリン。もし王宮の敷地内で魔物を見かけたら、あなたの取るべきアクションは二通りあります。分かりますか」

「え〜と……」


 マーリンはいつものクセでメイド服の胸元をいじくっている。


「その場で仕留める。無理そうなら誰かに知らせる。この二つですかね」

「大正解です!」


 エリシアはハグすると、例の壺を取り出した。


「この中に擬似モンスターが入っています。私が訓練用に作った魔法道具マジック・アイテムなので、害はほとんどありません。マーリンには今回、擬似モンスターと戦って、勝利を目指してもらいます」


 続いて短剣を渡す。


「これには魔法の加護を施しています。腕力のないマーリンでも扱えます」


 マーリンは恐る恐るといった感じで短剣を抜いたり戻したりする。

 その手がブルっと震える。


「私、ドジなので自分を刺してしまいそうで怖いです。うっかり転んで他人のお腹を刺しちゃったら……」

「大丈夫ですよ。剣そのものの切れ味は大したことないですから」


 エリシアが庭の隅っこで壺をひっくり返すと、人の頭くらいのスライムがぷるんと落ちて、さっそく行動を開始する。

 中心部分の魔石が光っており、ダメージを蓄積させると光が消えて、スライムも停止する仕組みらしい。


「マーリン用に開発しました。スライム君一号です」

「私のために……」


 マーリンが目の色を変える。

 戦士の顔になり、短剣を両手で握り、ゆっくりと接近していった。


「エリシア様に必ず勝利をお届けします!」

「ええ、その意気ですよ」

 

 スライムは不規則に動いては元の位置に戻るのを繰り返している。

 脱走しないよう行動できる範囲を絞っているのだ。


 マーリンがスライムの間合いに入った。

 向こうが近づいてきたのでバックステップで避ける。


 悪くない。

 焦るのは禁物。

 時間がたっぷり許すバトルの場合、こちらから無理に仕掛けるのではなく、絶好のチャンスを待つのが良い。


 たくさんの角度からスライムを観察したマーリンは「なるほどです」と腰を低くする。

 スライムが行動できる広さの限界と、必ずスタート地点に戻るという習性に気づいたらしい。


 こうなったら半分勝利したも同然だ。

 後は何回か剣で攻撃して体力をゼロにすればいい。


「でやぁ!」


 マーリンが気合いの声を出した。

 いつもとは別人みたいな勇敢さでスライムの背後から襲いかかり、白刃を思いっきり突き立てる。


 いい攻撃だ。

 スライムの体に赤いエフェクトが走る。


「よしっ! その調子です!」


 エリシアも拳を握っている。


 いったん距離を開けて、二回目のチャンスを待とうとしたマーリンだが、思いがけぬ悲劇が起こってしまった。

 自分の足につまずいて派手にバランスを崩したのである。


 尻もちをつくマーリン。

 物音に反応して迫ってくるスライム。


 にゅるにゅるにゅる〜!

 触手のように伸びてくるゼリー状の物体が少女の両手両足に絡みついた。

 この時点でマーリンの顔は恐怖に凍りついていた。


「いやっ! やめてください!」


 そんな願いを聞き入れる機能はついていない。

 メイド服の隙間からあっさり侵入を許してしまう。

 これはスライムが一番得意とする展開だろう。


 まず攻められたのはわき

 マーリンの体がびくんと跳ねて短剣を手放してしまう。

 反撃の手段を失ったわけであり、この時点でマーリンの敗北が確定してしまう。


「くすぐったいです! きゃはは……」


 スライムはどんどん侵入していき胸やおへその部分にも到達する。

 未知の感触にマーリンの口から可愛い声がこぼれ始める。


「ちょっと……どこに入っているのですか……あんっ……そんなところ、恥ずかしい、エリシア様が見ているのに」


 マーリンにもプライドがある。

 師匠がくれた成長のチャンスを無駄にしたくないという意地だ。

 そんな少女のメンタルを粉砕すべくスライムは女性の弱点を目指した。


「ひぎぃ!」


 マーリンは倒れたままスカートの前部分を手で押さえる。

 上半身も攻められているからダメージも恥ずかしさも二倍だろう。


「ダメ……あっ……そこは……」


 下着の中へ侵入されたらしい。

 あどけない瞳に涙が浮いてくる。

 イモ虫のように移動することで破廉恥はれんちなスライムの行動範囲から逃げようとするが、刺激が勝ってしまい動けなくなる。


「ぴえっ⁉︎ いや……やめて……お願い……にゃん⁉︎」


 マーリンの中で何が限界を迎えたらしい。

 はぁはぁと吐息をもらす顔はリンゴ色に染まっており、つばがたら〜んと糸を引いた。


「申し訳ありません……エリシア様……勝てそうにありません」


 最後の方は息も絶え絶えになっており、切ない涙が頬っぺたを伝っていた。

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