第132話 マーリンの育成プラン
ため息をつくマーリンを見かけることが多くなった。
いつもはエリシア付きのメイドとして部屋を掃除したり、花の水を入れ替えたり、忙しそうにしている先輩メイドのお手伝いをしているが、時々ホウキを持つ手が止まったりする。
はぁ、とため息。
さっきから同じ場所を繰り返し
声をかけようか迷ったグレイであるが、あえてスルーしてエリシアの執務室へ向かった。
「入るぞ、エリィ。約束のブツを買ってきた」
「ありがとうございます! 師匠!」
グレイが買ってきたのは下町で人気のロールケーキ。
行列に並ばないと買えないやつだ。
もちろんロールケーキのために時間をムダにできるほどヒマではなく、ウィンディに頼んで行列に並んでもらった。
報酬として渡したのは一日の飯代。
いりません! と一度は受け取りを拒否されたが、弟子をこき使うのはモラル違反だと教えて、無理やりポケットにねじ込んできた。
欲が少ないのは美徳かもしれないが、タダ働きをするのは少し違う気がする。
「わざわざ申し訳ないですね〜」
「礼ならウィンディに言ってくれ。あいつのお陰だ」
ウィンディは毎日王宮で皿洗いしている。
賃金は安いのだが、スタッフ用の下宿があって、トータルの生活費が安くなるのだ。
ロールケーキを一切れ食べたところで、エリシアが淹れてくれた紅茶に口をつけ、グレイは気になっていた話題を切り出した。
「マーリンが最近元気ないように見えるのだが、俺から何か伝えた方がいいだろうか」
するとエリシアは首を振った。
「いいえ、あの子の悩みは分かっているつもりですから」
「しかし、マーリンは中々本音を言わない子だろう」
「表情には出るのですよ。嘘が下手なのです」
さすがエリシアだな、と感心したグレイは二切れ目のロールケーキを一気に頬張った。
厳選された素材を使っていることもあり、口当たりがまろやかで何個でも食べたくなる。
弟子入りして以降、マーリンはエリシアの部屋に寝泊まりしている。
お風呂に入る時も寝る時もべったりだから、仲良し姉妹のような距離感である。
エリシアは机から壺を持ってきた。
より正確には壺の中に
「じゃ〜ん! マーリンを鍛えるために私が作ってみました!」
中に手を突っ込んでみてください、と口を向けられる。
グレイが手を入れるとヌルッとした感触が伝ってきた。
知っている肌触りだ。
スライム系のモンスターの弾力に近い。
「レベッカに方法を教えてもらって、擬似モンスターを作ってみました。マーリンのスパーリングパートナーにしてみます」
名前はスライム君一号。
体の中央にコアとなる魔石があり、エネルギーを再チャージすることで何回でも再利用できるらしい。
「ちゃんとマーリンの武器も用意してありますよ」
子供でも扱える軽さの短剣である。
魔法の加護が施されており、腕力がなくても魔物にダメージを与えられる。
これもエリシアが弟子のために自作したらしい。
まずはマーリンに自信をつけさせる。
ある程度レベルアップしてから実戦の訓練に連れていく育成プランだと、エリシアは楽しそうに打ち明けてくれた。
「エリィも成長したな。一気に師匠らしい感じになった」
「本当ですか⁉︎」
コンコンと部屋をノックする音がしたので慌てて壺と短剣を隠した。
入ってきたのはマーリンだった。
「エリシア様、言われた箇所の掃除が終わりました」
「ありがとうございます、マーリン。このロールケーキをあげます。ウィンディが休憩時間に入ったら二人で半分こしてください」
「いただいてもよろしいのですか⁉︎」
「もちろん」
マーリンは子供なので甘いものが大好きだ。
最近はウィンディにも懐いており、心を許せる数少ない相手となっている。
「今日の夕方、実験してみたいことがあります。マーリンの協力が欠かせません。体を貸してもらってもよろしいですか」
「かしこまりました、エリシア様」
砂糖たっぷりのお菓子を手に入れたマーリンは、優美にお辞儀するとルンルン気分で去っていった。
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