第131話 マーリン、さっそく伸び悩む
バトルが終わったら腹ごしらえ。
涼しそうな場所を選んでレジャーシートを広げ、四人でランチボックスを囲んだ。
グレイの荷物の中にエリシアから借りてきた紅茶セットがある。
「ウィンディに課題だ。紅茶を飲むためのお湯を魔法で作ってみろ」
「はい!」
最初は水の魔法で、次は火の魔法。
手順はシンプルだが、初心者のうちはびっくりするくらい難しい。
グレイが手本を見せてやると、ウィンディは苦戦しつつも成功した。
「バトルに勝った後のご飯、おっいし〜」
「顔に返り血がついていますよ、ウィンディ」
「いいの、いいの。帰ったら体ごと洗うから」
出会った頃は『ウィンディさん』と呼んでいたマーリンだが『さんは要らない』と言われて呼び捨てにすることが増えてきた。
でも、大勢がいる場所だと相変わらず『ウィンディさん』と呼んでしまう。
「いつかマーリンも実戦に繰り出すんだよね。その時までに私がもっともっと強くならないと」
サンドイッチを二つ平らげて、三つ目に手を伸ばしたウィンディが
「ウィンディはすごいです。魔物から一度も逃げませんでした。私には無理なのです」
マーリンは胸の前で指先ツンツンする。
「私だって怖かったよ。グレイ様やアッシュが背中を押してくれたから。お前なら絶対に勝てる相手だ、と言ってくれたから勝てたの」
「やっぱり、すごいです」
「そうかな〜」
ウィンディの成長スピードには目を見張るものがある。
まだ実戦投入できるレベルじゃないが、使える魔法も段々と増えてきて、威力も上がってきている。
思えば
「ウィンディに引き換え、マーリンはダメダメです。いくらエリシア様から教わっても、魔法の一つすら使えません」
マーリンは金髪をいじりながら落ち込む。
「焦らなくていいぞ、マーリン。成長スピードは人それぞれだ。大器晩成ともいうし、習得に苦労したからといって伸び代が小さいわけじゃない」
「ですか……」
どういうわけか、マーリンは魔法の習得が遅い。
ウィンディは一週間くらいで
秘めている魔力は文句なしで大きいのに……。
もどかしい、というより悔しい気持ちにさせられる。
あと、エリシアには天才肌なところがあって、魔法の使い方を教えるのが上手いわけじゃないのも、グレイにとっては心配の種だった。
食事を終えたウィンディはアッシュに練習試合を申し込んだ。
さっきのワーウルフ戦で新しい課題を見つけたらしい。
「食べたばかりなのに運動かよ」とアッシュは驚いていたが、根が優しい男だから快く応じている。
ウィンディの成長っぷりを一番楽しんでいるのは、実はアッシュかもしれない。
「あの……グレイ様……」
マーリンは金髪を一房つかむと、オッドアイを伏せながら口元へあてがった。
「もし私が一年間成長しなかったら、その、破門されちゃう、なんてこともあるのでしょうか」
「なんだ、そんな心配をしていたのか」
見習いが破門を食らうことは、正直ある。
理由は千差万別で、師匠から言い渡す場合もあるし、弟子から申し出る場合もある。
実力があっても生活態度が悪いと縁を切られたりする。
「戦うことだけが貢献じゃない」
必要とされる方法なんて百パターンくらいある。
「マーリンはエリィと一緒に戦いたいのか」
「分からないのです。戦っている私の姿が想像できなくて……。でもウィンディは違いました。向かってくる魔物を剣一本で倒しちゃいました。短期間でどんどん強くなっていきます。ウィンディならいつか魔剣に選ばれる気がしますが、私が魔剣に選ばれる日はまったくイメージできません」
そのせいでエリシアの評判を下げてしまうことが一番怖い。
マーリンは本音をこぼすと、膝を抱えて顔をうずめてしまう。
親から叱られた子供みたいに。
グレイは近くのお花を一つ
エリシアがこの場にいたら同じことをしたと思う。
「エリィはマーリンのことを家族だと思っている。ただ側で生きていてくれたらいい。でも、親を喜ばせたり、親の期待に応えたいのが子供の本心だろう。マーリンの気持ちは何一つおかしな部分がない」
「グレイ様……」
本当は柄じゃないと思いつつ首の裏をかきむしる。
「マーリンが今苦しいと思っているのは、好きっていう気持ちの裏返しだろう。エリィのことを愛している証拠だから、大切にしていい悩みだと思うぞ。俺に本音を話してくれてありがとな」
マーリンはハッとして立ち上がると甘えん坊みたいに抱きついてきた。
「グレイ様! 見てくれました! さっきアッシュから一本取りかけましたよ!」
「違う! あれは目にゴミが入ったんだよ!」
「あれあれ〜。言い訳ですか〜」
背中の方からそんな声が聞こえた。
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