第146話 バカすぎて、ちょっと可愛い
やってきたのは老朽化した
キャパシティは二十世帯くらい。
取り壊しが予定されており、侵入禁止の立て札がある。
土のところに足跡を見つけた。
大きな足跡は成人男性で、小さな足跡は少女のものだろう。
この中にマーリンの足跡もあるのかと思うと、手のひらに爪が食い込んだ。
「もしかして、怖い?」
「いえ、まったく」
不思議と恐怖はない。
魔物と戦った経験がウィンディを勇敢にしている。
ソフィア、ウィンディの順で窓の下まで移動した。
見張りの姿はない。
追手を警戒していないのだろうか。
「上手くやりましたね、お頭」
中から声がする。
「こいつらを金に換えれば、もう王都とは一生おさらばだぜ」
頭目らしき声がいう。
ソフィアが中をのぞいたので、ウィンディも同じようにのぞいた。
男が五人、そして少女は七人いた。
手を縛られて目隠しされているマーリンの姿もあった。
(こいつら、
どうして市民の暮らしを守る人たちが犯罪を……。
いや、違う、
この男たちが身につけている制服や装備は、一見すると正規品のようでいて、色や形が微妙に違っていたりする。
役人のフリして少女たちを連れ去ったのだ。
行き場のない怒りに手が小刻みに震える。
「さて、順番に名前と年齢と住所を教えてもらおうか。あと親の情報もな。素直に教えてくれたら今日中に解放してやるよ」
最後にマーリンの番がやってきた。
名前は小声で言えたが、次の言葉が出てこない。
「年齢は?」
「え〜と……」
「自分の年齢だぞ。知らんわけないだろう」
「たぶん、十三歳です。拾われた身なので」
「なんだ。養子なのか。親と住所は?」
「その〜」
表情は見えなくても泣きそうになっているのは容易に想像できた。
突入すべきか迷っていると、手でソフィアに制されてしまう。
「あんたの生活の面倒を見ている人がいるだろうが」
「それは……え〜と」
「素直に話した方が身のためだぜ」
「できません! エリシア様には迷惑をかけられません!」
「なるほど。エリシアさんね」
「はぅぅぅ〜〜〜」
マーリンのバカ⁉︎
バカすぎて、ちょっと可愛い。
「で、どこのエリシアさんだい。この国にはエリシアさんが多くてね」
「絶対に教えません!」
「え〜い。強情だな。さっさと吐かないと、ここにいる真っ黒な虫を、お嬢ちゃんのワンピースにねじ込んじゃうぞ」
「ひぇっ⁉︎」
嘘だ。
虫なんていない。
でも頭目らしき男は、虫に見立てた指で、マーリンの腕から肩を
「きゃっ⁉︎ やめてください! 教えますから!」
「よし、いい子だ」
「ミスリルの魔剣士のエリシア様です」
「………………」
「私はエリシア様の弟子で、生活の面倒を見てもらっているのです」
頭目はさっと立ち上がった。
手下のところへ歩いていき、首の関節をポキポキと鳴らす。
「どいつだ?」
「はい?」
「あの子を
「あっしですが……」
手を上げたのはチョビ
「お前、でかしたな。大したものだ」
「へっへ……どういたしまして」
そのボディに拳がめり込んだ。
さらに一発、アッパー気味のパンチが
「バッカヤロ〜! 殺されてぇのか⁉︎ よりによって魔剣士の弟子! しかもミスリルの魔剣士だと! 間違っても魔剣士の関係者には手を出すなって、あれほど注意しただろう!」
「いや、だって、見た目で区別するのはムリっすよ!」
「言い訳してんじゃねぇ!」
ひざ蹴りを食らった男は鼻血を出しながらダウンした。
うわぁ〜、いたそ〜、と隣のソフィアが呟く。
「ミスリルの魔剣士様はなぁ〜、この世で一番怖いんだよ! 何があっても、敵に回しちゃいけない存在なんだよ!」
こうしちゃいられない、と男たちは撤収の準備に取りかかる。
少女たちは縛りつけたまま、武器を持ち、身なりを整えて、貴重品を懐にしまい込む。
しかし、すぐに立ち去ろうとしない。
仲間の一部が出払っていて、戻ってくるのを待っているのだと、ウィンディは気づいた。
(ちょっと待って……外に仲間がいるということは……)
背後から二つの足音が近づいてきた。
「お前たち、そこで何している!」
……。
…………。
敷地のコーナーに追い詰められてしまった。
相手は七人、いずれも剣を装備している。
「ありゃりゃ、見つかっちゃったね」
「笑っている場合じゃないですよ!」
心臓の音がうるさいウィンディとは対照的に、ソフィアは落ち着き払っている。
「分かっていると思うが、見られたからには大人しく帰すわけにはいかないぞ」
頭目が長剣を抜いた。
アッシュと何度も手合わせしているウィンディには、相手の力量が何となく分かる。
一対一なら勝てる。
でも、七人同時はきつい。
ウィンディが一歩下がると、男たちは一歩詰めてきた。
「ソフィアさんって強いですか⁉︎」
「どしたの、急に」
「私が三人……いや、四人引き受けるので、残りを任せてもいいですか⁉︎」
「ああ、共闘ってやつね」
「巻き込んじゃってすみません!」
「気にしなくていいよ〜。でも……」
ソフィアは地面に手をかざした。
前回同様、耳慣れない呪文をぶつぶつと唱える。
大地から
たぶん
ウィンディより背が高い。
そして途方もない魔力を感じる。
「七対七じゃないとアンフェアだよね〜」
「えっ……」
男たちの背後にも四体。
同じような
「どこから湧いてきたんだ、こいつら!」
男の一人が剣で斬りつける。
が、刃先が
「じゃあ、戦闘開始といきますか」
そこから先は一方的なバトル展開だった。
物理攻撃がまともに効かないのだ。
そこらへんの犯罪者が勝てるわけない。
「す……すごい」
ソフィアがパチンと手を合わせる。
はい、そこまで、と。
「おや? 誰かが近づいてくる」
ソフィアが敷地の向こう側を気にする。
「私の出番はここまでかな。じゃあね、ウィンディ。マーリンによろしく伝えておいてね」
「えっ……あっ……ちょっと、ソフィアさん⁉︎」
ソフィアは建物の屋根へジャンプすると、一度だけ振り返り、視界から姿を消してしまった。
残されたウィンディは
「何やってんだ、ウィンディ」
聞き覚えのある声に振り返ると、仲間を引き連れたアッシュが立っていた。
「アッシュの方こそ」
「俺たちは治安維持のために警戒パトロールしていたところだよ。毎年、傭兵ギルドで引き受けている仕事なんだ。物騒な音がしたから駆けつけてみれば……」
アッシュは倒れている男の一人に触れる。
「偽物の制服。
「そうなの! そいつら、犯罪者なの! 若い女の子を誘拐しているの!」
「なるほど。それでウィンディがやっつけたわけか。お手柄じゃねえか」
「え〜と……」
どこから話せばいいのか分からず、銀髪を思いっきりクシャクシャした。
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