第147話 ゴールデン・デート

 黄金のような一日だった。


 二人は朝からデートに出かけて、食べ歩きや買い物を楽しんだ。

 肩書きなんか忘れて普通の男女になれたのが嬉しかった。


 行きたいところも二人で決めた。

 お昼のレストランはグレイが予約して、舞台のチケットはエリシアが入手するという感じだ。


 予定を詰め込みすぎると何のための祝日か分からないので、ぶらぶら散歩するだけの時間も組み入れておいた。


 レストランは個室のあるお店に決めた。

 食事中くらいは変装用のローブを脱ぎたいという思いがあったからだ。

 豊穣祭エリシア・デイの日は一年前から予約が埋まるくらい人気で、キャンセルが出た店を探すのは苦労した。


 今日のエリシアは白を基調としたワンピースを着ている。

 深いスリットを入れているから、あやしい色気のようなものがある。


「昨日までのエリィより大人っぽいな」


 グレイが率直な感想を口にすれば、


「師匠のために作ったワンピースですよ」


 エリシアは体を傾けて、わざと太ももを露出させてくる。

 個室なのを良いことに、たっぷりハグして唇と唇のキスを交わしておいた。


 今日のエリシアも可愛い。

 口で伝える代わりに、抱っこして高く持ち上げる。


 最近はマーリンがエリシアの隣を占領しており、お風呂もベッドも一緒だったりする。

 嫉妬がまったくないと言ったら嘘になる。


『ウィンディにマーリンのお世話を頼んだのは我ながら良いアイディアだったな』なんて大人気おとなげないことを考えていると、料理の数々が運ばれてきた。


 エリシアの希望で白身魚のポワレをメニューに加えている。

 王都は海から遠いので、魚がマズいことで定評があるのだが、この店では絶品だった。


 生きたままの魚をお店が仕入れているのである。

 もちろん魔法道具マジック・アイテムを活用しているのは言うまでもない。


 二人きりでいると、どうしても互いの弟子に関する話題が増えてしまう。


「最近の師匠、ウィンディの話が多いですね」

「そうか?」


 エリシアがツーンと唇を尖らせており、嫉妬していると気づくのに時間を要した。


「アッシュやマーリンの話題も多いと思うが」

「そういう問題じゃありません」


 ちなみにアッシュは今日も仕事だ。

 豊穣祭エリシア・デイの日は警察ウィギレスだけじゃパトロールの手が足りず、毎年傭兵ギルドに手伝ってもらっている。

 アッシュは手練れの傭兵なので一隊を率いているはず。


「悪かったな。ウィンディを見ていると、昔のエリィを思い出すんだ」

「むぅ〜、私とウィンディはそんなに似ていないと思いますが……」


 エリシアのいう通りだ。

 二人は似ていない。


 共通点があるとすれば目と髪色が似ているのと、才能あふれる少女という点くらい。


「あと何年かしたら……」


 グレイは一口サイズに切った白身を口へ入れる。


「俺もネロもレベッカも魔剣士を引退しているかもしれない。そうなったらエリィたちの時代だ。八人いる魔剣士の中にウィンディやマーリンが含まれていたら俺は嬉しく思う」

「もうっ! 引退なんて気が早いですよ!」


 グレイは返事する代わりに笑っておいた。

 もちろん、すぐ引退する気はないし、実力でウィンディに追い抜かれるのも五年くらい未来の話だと思っている。


「でも、ウィンディの成長スピードは驚異的だ。エリィも近くで見ているから知っているだろう」

「弟子の成長が嬉しいって話でしょう」

「まあな」

「私のマーリンだって、そのうち大化けしますからね」


 エリシアが両手を広げてアピールする。


「それに私が師匠の弟子第一号ですけどね」

「そうだな。エリィの成長も嬉しい」


 外にいる時は凛としているエリシアも、二人きりの時は甘えん坊で、大きなギャップがグレイの庇護欲ひごよくをそそってくる。

 自分しか知らない一面というのは何だって嬉しい。


 コンプレックスとか。

 完璧そうに見えるエリシアにも『じっと椅子に座っておくのが苦手』という笑っちゃうような弱点があり、真面目な式典ではいつも苦労するらしい。


「座っているだけの時間って、人生をムダにしている気がしません?」

「分かるような気がする」

「目を開けたまま寝られる魔法がないかって、いつも空想しちゃいます」

「そうだな。あったら便利だ」


 グレイのグラスが空になると、エリシアがワインを注いでくれる。


「エリィは本当に気が利くな。すごい女の子だと毎日思っている」

「もう酔っちゃったのですか?」

「まさか」


 グレイはグラスのふちに手を置いたまま、スカイブルーの瞳を見つめた。


「エリィと一緒に飲むお酒がこの世で一番うまい」

「ほら、少し酔っているじゃないですか」


 クスクスという上品な笑いが個室に響いた。


 ……。

 …………。


 レストランから出ようとした時、ちょっとした異変が起こった。


「あれ? 空耳ですかね」


 エリシアが背後を気にしたのである。


「どうした?」

「さっき、マーリンに呼ばれたような気がしたのです。エリシア様〜、と」


 このお店は予約制だ。

 マーリンがいるわけない。


「虫の知らせというやつでしょうか。迷子になっていないといいのですが」

「マーリンから目を離さないよう、ウィンディには言ってあるが……」


 繰り返しになるが、ウィンディは優秀だ。

 元の性格が器用なこともあり、トラブルには柔軟に対応する能力もある。


 最近は剣の腕前も伸びている。

 そこらへんの犯罪者じゃウィンディに太刀打ちできないだろう。


「何でもないです、師匠。次のお店へ行きましょうか」

「魔法街だな。あそこへ行くのは久しぶりだ」

豊穣祭エリシア・デイの日は掘り出し物があるのですよ」


 買い物が済んだら、カフェで休憩してから劇場へ足を運んだ。

 ミュージカルを堪能たんのうしてから、神殿で女神エリシアに祈りを捧げて、日が暮れる前に帰路につく。


 楽しい時間はあっという間だ。

 今日のペンドラゴンには幸せのオーラが満ちている。


「素晴らしい一日でした! 師匠と一緒だと何をやっても楽しいです!」

「俺もだよ。今日はエリィの色んな表情が見られた」

「まあ、師匠ったら」


 白亜の門のところで一人の男がグレイを待っていた。


 アッシュだ。

 グレイの帰還に気づき手を振ってくる。


「お休みのところすみません、グレイの旦那。ちょっと顔を貸してほしいのですが」


 急用らしいが、切羽詰まったという風でもなく、グレイたちは顔を見合わせた。

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