第148話 一生忘れられない一日

 役所へやってきた。

 個室の前まで案内されたので、中をのぞいてみると、ウィンディとマーリンが卓を挟んで座っていた。


 二人とも疲れ切った表情をしている。

 出された飲み物だって、ほぼ手付かずのまま。


 エリシアの到着に気づいたマーリンは、椅子を蹴飛ばすように席を立ち、師匠の胸に飛び込んだ。


「エリシア様〜! 面目ありません!」

「ど……どうしちゃったのですか、急に」

「私が不甲斐ふがいないばかりにご迷惑をおかけしました!」


 マーリンがボロボロ泣き出すものだから、さすがのエリシアも困惑してしまい、かける言葉を探している様子だった。


「無事そうで何よりです」


 優しくハグしてあげる。


 ウィンディと目が合う。

 夕日を吸い込んだ銀髪が燃えるように輝いている。

 いつもは気丈な少女であるが、長いため息をついて、顔を伏せてしまった。


 さっきまでマーリンが座っていた位置にグレイは腰かける。


「ウィンディが誘拐犯のグループをやっつけたと、アッシュから聞いた。大した手柄だと思う」

「それがですね……倒したのは私じゃないのですよ」


 アッシュから教えられた情報はこうだ。


 現場には七名の犯人が倒れていた。

 敷地内にいたのはウィンディと誘拐された少女たち。

 当の本人は自分の手柄じゃないと言い張っている。


「むしろ、マーリンから目を離しちゃったのを反省しているくらいです」

「仕方ない。相手が警察ウィギレスに変装していたんだろう。古典的な手口だが、見抜くのは難しい」


 今回は責めにきたわけじゃない。

 ウィンディは良くやったと思っている。

 グレイの口からそう伝えると、照れ笑いが返ってきた。


「喜んでいいのですかね?」

「ウィンディが動いたから、マーリンだけじゃなく、他の被害者たちも助かったのだろう。それは揺るぎない真実じゃないか」


 もっと胸を張るよう伝えておいた。

 将来の魔剣士候補なのだから。


「ありがとうございます。信じてくれとは言いませんが、いちおう話します。あの場所には私以外にもう一人いまして……」


 ソフィアという名の女性らしい。

 犯人をやっつけたのはソフィアで、ウィンディは何もしていないそうだ。


「監禁場所を突き止めたのもソフィアさんなのです。本人は古の魔法と言っていました。紅茶が勝手に歩き出したのです」

「紅茶が歩く?」


 ウィンディは手元のコップを指差す。


「この中から人が出てきたのですよ。そしてマーリンの元まで案内したのです。私は起きたまま夢を見ている気分でした」

「分かった、分かった。紅茶が歩いてマーリンのところまで案内したのだな」


 この話を警察ウィギレスに伝えても信じてもらえなかった。

 まあ、当然だろう、という気はする。


「アッシュにも説明しただろう。あいつは何と?」

「そんなバカな話あるかって」

「だろうな」


 グレイが魔法を使えば、紅茶を持ち上げたり、ボール状にして飛ばすくらいできるだろうが、命を吹き込むのは無理。


 よっぽど高位の魔術。

 エリシア級の実力がないと無理かもしれない。


「しかしだな、あの場に倒れていた七人の犯人は、銀髪の女の子に負かされたと言っている。七人全員がだ。そして黒ローブの女性なんて見ていないと」

「そこが一番理解できないのですよ〜!」


 ウィンディは悔しそうに足をバタつかせると卓に向かって頭突きした。

 今でも混乱が抜けないらしい。


「ソフィアさんは確かに存在しました。マーリンだって覚えています。なのに幽霊みたいに消えちゃったのです。あの場にいた事実も含めて」

「認識阻害の魔法か」


 グレイはポツリという。


「何ですか、それ」

「人混みの中にいる時、見つかりにくくする魔法だ。ずっと昔、隠密スパイが使っていたという。この魔法を極めると、本人はそこにいるのに、周りから姿は見えず、声だけ聞こえる、なんてことも起こりうる」

「私は魔力があるからソフィアさんを目視できていたというカラクリですか」

「理屈としてはありえる。一般人には見えていなかったり、見えていたとしても記憶に残りにくかったりする」


 グレイが知る限り、魔剣士の関係者にソフィアという女性はいない。

 末端の弟子という可能性もあるが、実力者であることと矛盾している。


「ちょっと長いですが、ソフィアさんと出会った場面から話してもいいですか」


 出会いはカフェだった。

 マーリンが出会い頭にぶつかって、お詫びに紅茶をおごった。


 ソフィアは自称天才だった。

 その証拠に何もないところから人工魔石を生み出した。


「こうやって手を合わせて、指先から魔力の糸をスルスル吐いたのです」

「すごいな。十本の指から同時に出ていたのか。糸状になった魔力が」

「そんなに難しいのですか?」

「よっぽど器用じゃないと無理だ」


 あまり聞かないトレーニング方法だ。

 魔力のコントロールを鍛えるという意味では有効かもしれない。

 が、地味で退屈という気がする。


 良くいえば古風。

 悪くいえば時代遅れ。

 実戦形式のトレーニングの方が普通は好まれる。


「あと、ソフィアさん、二種類の魔法を同時に操っていました。最初は水と火で、次は火と風です」


 汚れたローブをその場で洗って乾かしたらしい。

 天才を自称するだけのことはありそうだ。


「途中、マーリンがお手洗いに立って、中々戻ってこないので、変だなと思いました。私とソフィアさんの二人で探しにいきました」


 ソフィアが居場所を突き止め、犯人をひねり潰した。

 そこから先はアッシュから聞いた通りである。


「とりあえず、話は分かった。ソフィアという女性が何者なのか、考えても仕方ないので脇に置いておく」

「やっぱり、私の手柄になっちゃうわけですか」

「仕方ない。状況が状況なのだから」

「はぁ〜」


 名誉ある市民ということで、後日、ウィンディのところに表彰状が送られてくるだろう。

 王都におけるウィンディの知名度も一気に上がるかもしれない。


「本当に何もやっていないのですがね。他人の功績を盗むみたいで、ちょっと複雑です」

「だったら、強くなれ。一年後のウィンディなら、あんな犯人たち、一網打尽にできるだろう」

「そうなるよう努力します」


 マーリンが泣き止むまで待ち、四人で王宮へ帰った。

 このメンバーで王都を歩くのは何気に初である。


 豊穣祭エリシア・デイの夜は長い。

 屋台によっては朝方まで営業していたりする。


 四人で一緒に夕食を食べようという話になって、それぞれが好きなものを買い、王宮まで戻ってきた。


「ウィンディが助けに来てくれた時、私はとっても嬉しかったのです。ウィンディは私のヒーローなのです」

「面と向かって言われると、なんか照れちゃうな」


 とんだ事件に巻き込まれたが、二人にとって一生忘れられない一日になっただろう。

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