第149話 見習いたちの合宿

 お風呂上がり、グレイはガラス窓に映る自分の顔を眺めつつ、ウィンディとの会話を思い出していた。


 何となくソフィアという女性のことが気になる。

 生い立ちもそうだし、周りの人間関係の含めて。


 ウィンディの話によると、ソフィアは王都に疎いらしい。

 仲間と四人でやってきて、一人だけはぐれたそうだ。


 師匠がいるという話も気になった。

 魔剣士の関係者でなくても、世間には魔法を得意とするものがいて、それで生計を立てたりするが、弟子を取るという話は珍しい。


 ドアを二回ノックする音がして、寝衣姿のエリシアが入ってきた。

 グレイは水のグラスを二つ用意してテーブルを挟むように置く。


「マーリンが寝ました。とても疲れていたようで、すぐに入眠しました」

「丸一日王宮の外にいたからな。人混みが刺激的だったのだろう」

「マーリンったら、寝言でウィンディの名を呼ぶのですよ」


 エリシアがおかしそうに笑う。


「何だかけます」

「歳が近いから、姉妹みたいな感覚なのだろう」


 雑談するためにエリシアはやってきたわけじゃない。

 毎年、この時期に魔剣士見習いの合宿をやっており、計画を詰めるために来たのだ。


 場所は王都から一日の距離にある小高い山。

 期間は三泊四日を予定している。


 もちろん強くなるのが目的の合宿ではあるが、弟子同士の交流という側面もある。

 師匠が違えば会うことも少ないので、一年に一回くらい顔合わせした方がいい、という発想だ。


「当初の予定通り、ネロとレベッカは参加してくれます」


 参加人数は、ネロ側が五十人で、レベッカ側が四十人。

 どちらも大所帯なので迫力のある合宿となりそうだ。


「エメラルドの魔剣士から返事が届きました。本人は不参加ですが、弟子を派遣してくれるそうです」


 こっちは三十人。


「遠方なのに頑張ってくれたな。何か交渉したのか」

「友情ですよ、友情」


 エリシアがおどけたように手を振る。

 深掘りしない方が良さそうだと判断したグレイは黙って頷いておいた。


「俺の方からはアッシュとウィンディが参加する。エリシアのところのマーリン。これで全員か」


 三人にとっては良い成長機会となるだろう。

 シャルティナやスパイクといった高弟も参加するので、彼らと手合わせしたらいい。


 予定人数が決まったら、次は食料の手配である。

 現地で使う食器まで含めると中々の荷物の量となる。


「マーリンったら人工魔石を作るとか言い出したのですよ。やり方を教えてほしいって私にお願いしてきました」

「ウィンディも同じことを言っていた。どうやら魔法街で昔にエリィが作った人工魔石を見たらしい」

「ああ、そのせいですか」


 魔剣士見習いの中には貧しい家の出身者も多い。

 お金を稼ぐ必要に迫られた時、人工魔石を作って売るのは選択肢の一つだろう。


 出来栄えが良ければ、それなりの値段で買い取ってもらえる。

 エリシアもレベッカの誕生日プレゼントを買いたくて人工魔石を売りにいったという話だ。


「私にもそんな時代がありましたね〜」


 エリシアが昔を懐かしむように目を細める。


「二人はお金目当てというより、強くなることが目的らしい。ソフィアという女性から教えられたそうだ。最速で魔法が上達すると。特にマーリン。魔法が使えないことを気にしている」

「ああ、それで」


 トレーニング方法として悪くない、というのがエリシアの感想だった。

 難があるとすれば、退屈で単調なことくらい。


「二人とも十代だからな。放っておいても勝手に成長する時期だ」

「繰り返すようですが、私も十代ですからね」

「そうだったな」


 エリシアを少女と呼ぶのもそろそろ限界だが、本人はまだ少女がいいらしい。


 それから他愛ない話をした。

 お尻にハート模様のある猫が王宮に住んでいる、という情報をエリシアが教えてくれた。

 とても可愛いから今度マーリンとウィンディに見せてあげたいと。


 グレイはタイヤキの話をした。

 王宮のメイドたちの間で美味しいと評判らしい。

 今日ウィンディとマーリンが食べたらしく『一生に一度は食べないと損ですよ!』と絶賛していた。


 毎日エリシアと会って話せる。

 この幸せはお金じゃ代え難い。


「じゃあ、師匠、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」


 軽くキスを交わしてエリシアと別れた。


 合宿か。

 一人になりベッドに寝転がったグレイは、ずっと昔、師匠に連れられて参加した日のことを思い出した。

 そういえば初めてネロやレベッカに出会ったのも合宿だった。

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