第39話 最後まで信じ切ったエリィの勝ち

 からっと晴れた青空さえ、グレイとエリシアのきずなを祝福している気がした。

 どんな困難だろうと、二人を裂くことはできない、と。


「観念しろ! アヴァロンよ! 我が魔剣エクスカリバーの裁きを受けるがよい!」


 建国祭デートの目玉。

 大劇場へやってきた。


 会場のキャパシティは約七千人。

 半円形のステージで上演されているのは『アーサー王と七人の魔剣士』。

 建国記念日キング・アーサー・デイではお馴染なじみの公演プログラムとなっている。


「見ましたか、師匠! あれが魔剣エクスカリバーですよ!」

「おう」


贋作にせものだけどな……)


「すごいです! アヴァロンを一撃で倒しちゃいました!」

「そうだな」


(実物のアヴァロン、作り物の十倍の大きさだけどな……)


「私は七日かかりましたが、一瞬とは。魔剣エクスカリバー、恐るべき強さなのです!」

「演劇だからな。七日も戦ったら役者さんが気絶するだろう」


 劇がフィナーレを迎えた時、エリシアは立ち上がり、


「アーサー王、格好いい〜!」


 と惜しみない拍手を送った。

 演じている俳優も、ミスリルの魔剣士が絶賛しているとは思わないだろう。


「あ〜あ! 楽しかった! 昔、劇を観にいきたいって師匠にお願いしたの、覚えていますか?」

「あったな。あの時、エリィは六歳くらいだった」


 当時はミッションで大忙しだった。


『来年になったらペンドラゴンで上演されるアーサー王の劇を見せてやるよ』


 そういって一度も約束を果たせなかった。


「エリィの夢が一個叶いました! 師匠と一緒にアーサー王の劇を観れました!」

「すまん……約束を守らなかったのは今でも悪いと思っている」

「本当ですか?」

「もちろん」

「じゃあ、またエリィと一緒に大劇場へ足を運んでください。今度こそ約束ですよ」

「分かったよ」


 罪滅ぼしを果たしたグレイの胸が軽くなる。


 帰り道。

 出口が人の波でごった返している。

 するとエリシアの目が迷子を見つけた。


「いけない。助けないと」


 優しく声をかけるエリシア。

 子供を呼ぶ声がしたので、合流してみると、迷子の両親だった。


「ありがとうございます!」

「いえ、見つかって良かったです」


 バイバイと手を振る。


「エリィも成長したんだな、色々と」

「それは内面ですか、外見ですか、それとも魔剣士としてですか」

「全部だよ」


 笑顔を炸裂さくれつさせたエリシアが「きゅうぅぅぅ〜!」と鳴く。


「嬉しいです! よく子供っぽいと笑われますから!」

「そうなのか?」

「紅茶に砂糖をポンポン入れたら、レベッカに笑われました」

「ああ……」

「でも、砂糖って、疲れをいやしてくれると思いませんか? 頭もスッキリします」

「分かる気がする」


 階段に差しかかった時だ。

 エリシアが衣装のすそを踏んづけて、派手にバランスを崩してしまう。


「危ない!」


 グレイは抱きしめるようにして支える。

 二人の距離がゼロになる。


 トクン。

 布越しに心音が伝わってきた。


「前言撤回だ。やっぱり子供だな」

「そんな⁉︎」

「昔のエリィはよく転んだ。自分でローブの裾を踏んづけてな。それを思い出した」

「もう……師匠のイジワル」


 ふくれっ面になると二歳くらい幼く見える。


(あっ……しまった!)


 ネロの助言を思い出す。

 子供扱いはNG、と。


「違うんだ、エリィ。子供って言いたいわけじゃなくてだな」

「何なのですか?」


 ご機嫌ナナメのエリシアはジト目を向けてくる。


「ほら、子供って愛くるしいだろう」

「ん?」

「つまり、エリィは愛くるしいな、と伝えようとしたら、間違って子供と言ってしまった」


 苦しすぎる。

 我ながら苦しい言い訳。


 でもエリシアは目にお星様を浮かべて、グレイの胸に飛び込んできた。


「もうっ! 師匠ったら! こんな昼間から! エリィのことを愛くるしいなんて!」

「だって、仕方ないだろう。エリィは時々危なっかしい。よくアヴァロンに勝てたな、と思うほどに。心配で目が離せなくなる」

「ふふふっ……」

「何がおかしい?」

「じゃあ、ずっとエリィを見張っていてください。次に転んでも、師匠が支えてくれると嬉しいです」

「ずっとか?」

「はい」


 すると信じられないことが起こった。

 エリシアが体の重心を後ろへスライドさせたのだ。


 ここは階段。

 魔剣士とはいえ、無防備のまま倒れたら怪我する。


 グレイは抱き上げるようにキャッチした。


 エリシアとの距離がゼロになる。

 二人分のドキドキが重なる。


「おい、俺の反応が遅れていたら、頭にタンコブができていたぞ」

「師匠を信頼していますから。最後まで信じ切ったエリィの勝ちです」

「まったく……」


 子供だな、という言葉は飲み込んでおく。


 デートは今のところ百点満点だ。

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