第80話 七対子《キル・ラッシュ》

 鉄錆てつさびのような匂いが鼻を突いてきた。


 おそらく新鮮な血。

 周りをキョロキョロして、木の赤い線に触れてみる。


「ファーラン、ちょっと来てくれ」


 生乾きの血を見たファーランは、あろうことか目をパァッと輝かせる。


「捕食者が近くにいます! かなりの大物です! 食事の後でしょうから、殺気立っているとは思えませんが、奇襲には要注意でしょうね!」

「その……こいつら……産卵シーズンは?」

「まさに今です!」


 じゅるりと舌が動く。

 ドラゴンスレイヤーの血が騒ぐというやつか。


「こっちも見てみなよ」


 ネロが小さな水たまりを指差す。

 一定間隔でピクリ、ピクリと揺れている。


「でっかい竜が歩いているね。かっけ〜な、おい。ドシドシという足音が聞こえそうだぜ」

呑気のんきなこと言っている場合じゃないぞ。向こうは俺たちの匂いに気づいているかもしれない」


 魔物の気配が段々と近づいてくる。

 姿を見なくても強敵だと分かる。


(魔剣を解放すべきだな)


(このクラスの敵は、再生能力があるだろうし……)


 グレイが武器に手を伸ばそうとしたら、横からレベッカに止められた。


「私にゆずってくれないか。グレイには一撃で仕留め損ねた時のサポートをお願いしたい」

「おいおい、一撃で仕留めるって、本気で言っているのか。このクラスの相手なら再生能力も高いだろう」

「本気さ。だから一撃で仕留める。相手の急所を、一気に壊す」


 グレイが見守る中、レベッカは双剣を抜いた。


「気配は二つですね。もう一体は私が仕留めます。ネロはサポートをお願いします」

「はいよ〜。お手並み拝見といきますか〜」


 ファーランも臨戦モードに入る。


 木の砕けるバキバキという音が響いた。

 ふいに太陽が暗くなる、いや、モンスターに日光を遮断しゃだんされてしまい、影が四人をすっぽり覆う。


 気圧けおされたわけじゃないが、グレイは一歩引いた。


 異様に発達した上下のあご、そして後ろ脚。

 ギョロッとした目玉には三日月のような黄色い瞳がある。


 前脚は小さい。

 が、鋭利な爪が二本生えている。

 獲物を引っかけて噛み殺すのが、スタンダードな戦法だろう。


 暴竜ディアノス。

 この土地の主らしく、王者の貫禄かんろくをまとっている。


 二頭いる。

 大きい方がオスだ。


「巨大だから強いっていうのは、私たちの世界じゃ通用しない理屈だよ」


 レベッカが左手の甲を剣で浅く傷つけた。


「我が命を食らえ……魔剣イフリート」


 剣ですくった血を、もう片方の剣に塗る。

 魔剣イフリートの刃が赤みを増し、火の粉が舞った。


 双剣をクロスさせる。

 魔法陣が浮かび上がり、太陽のような火球が放出される。


 魔王炎メガフレア


 燃やすというより溶かすと表現すべき一撃だった。

 暴竜ディアノスの頭、首、胴、尻尾を貫通するようにえぐり、体積の半分以上を吹き飛ばしてしまう。


 気温が一気に上がる。

 森林だって一直線に焼け焦げる。


 骨のずいまで溶かされたドラゴンは、断末魔だんまつまの悲鳴すら上げることなく、ゆっくりと倒れた。


「豪快ですね、レベッカは」

「すまない、ドラゴニアの自然を破壊してしまった」

「いえ、古い木が死んで、若い芽は育つのです。これも生命の循環なのです」


 ファーランは自分の指先を浅く裂いた。

 血のしずくをルージュのように唇へ塗りつける。


 チュッと。

 魔剣にキスするのがファーランの儀式だった。


「我が命を食らえ……魔剣コクリュウソウ」


 使い手の命を分けてもらった魔剣が青白いオーラをまとう。


 ファーランは騎乗の腹を蹴った。

 暴竜ディアノスの攻撃を立て続けにかわすと、スピードを一切落とすことなく、相手の腹の下へ潜り込む。


べ! ゼツエイ!」


 魔剣コクリュウソウが七回きらめいたのを、グレイの目はかろうじてとらえた。


 七対子キル・ラッシュ


 七つの急所を攻撃された巨体がふわりと浮き、ひっくり返る。

 ダメージを与えたようには見えなかったが、ワンテンポ遅れて暴竜ディアノスの全身から血が吹き出し、関節がバラバラと落ち、肉片の山が残された。


 無駄のない。

 残酷ざんこく、かつ、きれいな殺し方。


「良かったな、グレイ。頼れる仲間がいて。レベッカも昔より成長しているだろう」

「いや、成長しているというより……」


 大成長している。

 レベッカの魔王炎メガフレアなら十年前も見ているが、同一人物なのが信じられない、というのが率直な感想である。


「母は強いってやつだ」

「なるほど。魔物も一緒だよな」

「そういうこと。もう可愛い後輩のレベッカちゃんはいない。ネロ先輩、ネロ先輩って、昔は慕ってくれたのにな。時間の流れってやつは、手厳しいよな」

「おい、本人に聞かれたら殴られるぞ」


 ファーランが戻ってきたのでタッチを交わしておいた。


「人と龍騎が心を一つにした時、俺たちの一族はもっとも力を発揮する、だったかな」

「そのセリフは……」

「フェイロンがよく口にしていた。相手の懐に飛び込み一撃で仕留める。目が覚めるようなコンビネーションだった」

「ありがとうございます。ですが、まだ改善の余地はあります。ねえ、ゼツエイ」


 首筋をでてもらった愛馬が一鳴きする。


「こんだけ戦力が充実していたら、七大厄災パガヌスどころか、アヴァロンが出ても返り討ちにできるんじゃね〜の」


 ネロが死んだ暴竜の鼻をツンツンしながら言った。

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