第152話 師匠と弟子の真剣勝負

 合宿の名物といったら夜のテントだろうか。

 三名から四名くらいが寝られる簡易テントを張って、男子と女子は別々のエリアで過ごすのだ。


 この時、抜け駆けしようとする者が毎年現れる。


 大半は男子だろう。

 昼間に目をつけておいた子をこっそり探すのである。

 運よく出会えたらキスの一つくらい果たせるかもしれない。


 中には逆のパターン、女子の方から気になる男子を探すこともある。

 今回の合宿は男女比のバランスが崩れていることもあり、むしろ注視すべきは女子サイドかもしれない。


 とにかく十代特有のエネルギーはすさまじい。

 いつもは真面目な子も今夜だけは豹変ひょうへんしたりする。


「さっき三人捕まえてきたぜ〜。初日の夜だからみんな元気だよな〜」


 ネロがニヤニヤ笑いながら戻ってきた。

 女子のテントに突撃しようとした見習いを捕獲してきたようだ。


「次は私がパトロールに出る番だね」


 入れ替わるようにしてレベッカがテントを離れる。

 その次はグレイで、その次はエリシアというように、魔剣士四人がローテーションで監視している。


「ネロはプラス三点ですね。いい勝負になってきましたね」


 エリシアが手元のメモにペンを走らせた。


 夜が楽しみなのは見習いだけじゃない。

 一人捕まえるたびに一点カウントする形で師匠らも競い合っている。

 今のところトップはエリシアの七点だ。


「でっかい集団を捕まえて一発逆転を狙いたいな」


 グレイは酸っぱいワインを一口飲む。


 弟子たちも魔剣士が監視していることは知っている。

 どうやって出し抜くか、この日のために一年間策を練ったりするものだ。

 これは師匠と弟子の真剣勝負でもある。


「オイラとグレイも、見習い時代は女子のテントに行こうとしたよな」

「あったな。風の強い日を選んで決行したな」

「えぇっ⁉︎ 師匠が夜這よばみたいな真似を⁉︎」


 ちょっと気になる女子がいたのは認めよう。

 それ以上に自分たちの師匠を出し抜きたいという気持ちが強かった。

 理由は何であれ、監視を突破した者は周りから一目置かれるものだ。


「結果はどうなったのです?」

「普通に捕まった。でも、ネロの方が先に捕まった」

「いやいや、オイラの方が長く逃げたと思うぜ。グレイは足が速いからな。元からマークされていたんだよ」

「そうだっけ?」


 詳しくは覚えていない。

 なぜか師匠が先回りしていて、気づいたらグレイもネロも拘束されていた。

 今となっては良い思い出だ。


 遠くから「きゃっ⁉︎」「なんでぇ⁉︎」という女子の悲鳴が聞こえた。

 しかも一つじゃない、最低でも五人くらい。

 レベッカが集団を捕まえたらしい。


「エリシア嬢、トップから陥落だな」

「くぅ〜、私も一気に十人くらい捕まえたいのです」


 満足そうな顔をしたレベッカが戻ってきた。

 戦果は七名、すべてグリューネの弟子らしい。

 さぞ気持ち良かっただろう。


 この瞬間、トップはレベッカとなり、グレイが最下位に転落してしまう。


「次は俺の番か」


 動いている気配がないか探ってみる。

 いくら魔力を隠そうとしても、グレイくらいの実力があれば、昼間と変わらない容易さで見つけられる。


 一つだけ。

 動いている気配があった。

 すぐ捕まえようか迷ったが、少し観察してみることにした。


(どこへ行く気なのだ?)


 男子テントの方へ向かった。

 かと思えば、女子テントの方へ戻ってくる。


 迷っているのだろうか。

 ピュアな少女みたいで不思議と応援したくなる。


 しばらく右往左往した気配は、ようやく男子テントの方へ歩き出した。

 そのまま中へ突入するかと思いきや、やっぱり引き返してしまう。


 相当にシャイらしい。

 女子の方からアプローチしたら大抵の男子は喜ぶだろうに。


 ぐすん……。

 次に聞こえたのはすすり泣き。

 これ以上放置する気にはなれず、後ろから近づいて肩に手をかける。


「ぴぇっ⁉︎」

「なんだ、マーリンだったか」


 月光を吸い込んだ金髪の下には見慣れたオッドアイがあった。

 青白い顔は不安に染まっており、今にも壊れてしまいそう。


「どうしてこんなところに? エリィを探しにきたのか?」

「はわぁぁぁぁ〜⁉︎」

「落ち着け。俺だ」


 声をかけてきたのがグレイだと気づき、マーリンはようやく涙を引っ込めた。


「あの……その……」

「ん?」


 なぜか恥ずかしそうにするマーリン。


「用を足したかったのですが……」


 迷子になっちゃったらしい。

 王宮じゃない場所で過ごす初めての夜なので無理もない。


「一緒のテントにウィンディもいるだろう。連れて行ってもらわなかったのか」

「お手洗いくらい一人で行けます! ……と啖呵たんかを切ってきたら、このザマなのです。情けなくてお家へ帰りたい気分なのです」

「それで泣いていたのか」


 ある意味マーリンらしいなと思ったグレイは、お手洗いのところへ案内してから、テントまで送り届けておいた。


「おやすみなさいませ」

「ああ、おやすみ」


 師匠用のテントに帰るまでの道すがら、動く気配が二つあったので、きっちり捕まえておいた。

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