第56話 仲直りのキスをする

 最初に手をつけたのは、レベッカの家族の解放だった。


「秘密のお茶会に招待しようと思ってね。聖教会の兵が押しかけたのは、サプライズの演出なのさ」


 子供は無邪気だから、


「わ〜い! ネロ様からプレゼントもらった!」


 と素直に喜んでいた。


「なぜグレイ様は大怪我しているの?」

「さっき礼拝堂で崩落事故があり、巻き込まれてしまった。エリィとネロを守ろうとした時の傷だ」

「グレイ様、痛そう……。全身、ボロボロになっている」

「問題ない。さっきエリィに手当してもらった」

「グレイ様、何でも守れるんだね!」

「格好いい〜!」


 ネロがニヤニヤ笑っていたので、一発殴っておいた。


 偵察から帰ってきたレベッカには、ありのままの真実を伝えた。

 レベッカは盛大にため息をついた後、


「あんたって、本当に救いようがない大バカだね」


 と怖い顔をしながら、ネロの横っ面に十発くらいパンチを叩き込んだ。


「まあまあ、レベッカ。私のために怒ってくれるのは、とても嬉しいですが……」


 エリシアがなだめると、レベッカは自身を一発殴った。


「エリシアを危険な目にあわせてしまった。すまない。この一発は自分へのいましめだ」

「あら……自分に厳しいのね」

「騎士だから当然だ」


 レベッカは昔からストイックな女性だった。


 ……。

 …………。


「自分が王族だと確信した瞬間? そりゃ、アレだよ。王宮の地下にあるアーサー王の遺物置き場。あそこの封印を通り抜けられたからね。ヤベェ! クロヴィスが言ったこと、本当だ! てなるよね」


 グレイ、エリシア、ネロ、レベッカの四人で円卓を囲んでいた。


「昔からクロヴィスには『お前は王族の子だ』『特別な血が流れている』と教えられてきた。でも、子供じゃ確かめる手段がないじゃん。だから魔剣士になって、王宮の地下に入って、アーサー王の封印を通り抜けられるか試したわけ」

「アーサー王の遺物置き場に、魔剣エクスカリバーはあったのか?」


 グレイが問いかけると、ネロは首を横に振った。


「魔剣はなかったね。大体が宝飾品だったよ。他には役に立つか分からない魔法道具マジック・アイテムばかり」


 王族、それも直系の男子から魔剣士が誕生するのは珍しい。

 下手したら、ネロが一千年の歴史の中で、アーサー王以来の王族魔剣士かもしれない。


(クロヴィスは愛国心が強い男だった)


(それで王族かつ魔剣士のネロに、国の将来をゆだねたくなったのか)


 エリシアは王族の家系図を持ってきた。


「ネロはこの中に載っていないのですよね」

「そうだよ。オイラが生まれる前に、母親が廃位されたから」


 今から三十八年前。

 オクタウィアという名の王妃がいた。

 在位わずか一年という影の薄い女性である。


 オクタウィアは王宮から追放された。

 オクタウィアの父による不正蓄財が原因だった。


 犯罪者の娘は王様の側に置けない。

 これは一千年の絶対ルールである。


 幸か不幸か、オクタウィアは妊娠していた。

 問題となるのは子供の性別。


 もし女の子なら庶民として生かしてもらえる。

 しかし男の子なら処刑しなければならない。


 オクタウィアはネロを生んだ。

 つまり、男の子だった。


「オイラを助けてくれたのが、クロヴィスだった。あいつも同じ日に、子供を授かるはずだった。男の子だった。でも、クロヴィスの子供は、産後間もなく死んだ」

「じゃあ、処刑されたとされるオクタウィア元王妃の子供は……」

「クロヴィスが入れ替えた。どうしてそんなことをやったのか、オイラには分からない。愛国心か、オイラの母親に同情したのか。いずれにしろ、発覚したら相当ヤバいことをクロヴィスはやった」


 クロヴィスはネロを孤児院に入れた。

 そして我が子のように可愛がってくれた。


「ネロっていうのは、産後すぐ死んでしまったクロヴィスの長男の名前なんだ」


 クラウディウス。

 それがネロの本当の名前である。


「他言無用で頼むよ。オクタウィアの息子が生きていると発覚したら、王位継承順位第一位になっちゃうから」

「ヤバいな。ネロが次の王様になったら、新生クソガキ王国に改名だな」

「クックック……同感だね」


 エリシアとレベッカも失笑する。


「なあ、エリシア嬢」


 ネロは席を立ち、エリシアの前に膝をついた。


「虫のいい話なのは分かっている。でも、クロヴィスに厳しい処断が下されないよう手を貸してほしい。クロヴィスの家族が困らないよう働きかけてほしい。あいつの家族は、オイラの家族でもある」


 エリシアは二つ返事でOKする。


「それからもう一個。これはオイラ自身のために。もう二度とエリシア嬢を裏切らないために」


 忠誠の儀式。

 君主の手の甲に臣下がキスするやつをやりたい、とネロは願い出る。


 もちろん、エリシアは拒まなかった。


「オニキスの魔剣士ネロ、オイラの剣をミスリルの魔剣士エリシアに捧げましょう」

「我が剣……だろう」


 横からレベッカが指摘すると、ネロは最初からやり直した。


「オニキスの魔剣士ネロ、我が剣をミスリルの魔剣士エリシアに捧げましょう」


 チュッと。

 彫刻のような手に忠誠のキスが落とされる。


「ええ、頼りにしています、ネロ」


 エリシアの声は女神みたいに優しかった。

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