第61話 偶然にもファンと出くわす

「すまない、エリィ。ネロ姫を借りてもいいだろうか」

「どうぞ。ご自由にお使いください」


 グレイがやってきたのは繁華街。


 城下町といっても一等地、二等地、三等地と分かれている。

 今回の目当ては富裕層向けのショッピング街である。


 ここなら着飾ったネロと一緒でも違和感はない。

 貴族の娘らしい女の子が、従者を連れて買い物を楽しんでいる。


「どこへ行く気だよ、グレイ」

「宝飾品屋だ。王都で五指に入るような」

「ふ〜ん、それでオイラを同伴者に選んだのか」

「一人じゃ入りにくい。入店できても落ち着かない。あそこは新手のダンジョンだからな」

「ケッケッケ……変なところがナイーブだよな」


 高級感あふれる店舗の前までやってきた。


「エリィへのプレゼントを買う。今回はアドバイス不要だ」

「分かっているよ」


 前回、ネロの助言に従って、ヤバい魔法道具マジック・アイテムを持たされてしまったのは苦い思い出だ。


「どうして今のタイミングなんだ? 記念日とかあったっけ?」

「もうすぐ俺が魔剣士に正式復帰する」

「むむむ……グレイが祝ってもらう側じゃん」

「エリィのことだから、何かプレゼントを用意しているだろう」

「でしょうな」

「俺からもお返ししたい」

「気が利くじゃねえか、鈍チンのくせに」


 ネロがひじでグリグリしてくるが、グレイは構わず店のドアを押した。


「いらっしゃいませ」


 店員の女性がネロに向かって頭を下げる。


(俺はボディガードの剣士に見えるわけか……)


 スタッフとの会話はネロに任せて、グレイは店の中を自由に移動した。


 良さそうなペンダントを見つける。

 小さな宝石をちりばめたリングの中央で、虹色の石が輝いている。


 ミスリルとは、伝説の宝石。

 すべての物質の王であり、一個の中にあらゆる色を含んでいる。


 これにしよう、とグレイは思った。

 ほぼ全財産を失うことになるが、次の給料まで食いつなぐための金は残る。


「そのペンダントを買う気かよ。けっこう値が張るな。伝説のミスリルに一番近いとされる宝石だろう」

「今回くらいは高いプレゼントを贈りたい。これは俺の気持ちの問題だ」

「ふ〜ん、ちょっと待ってな」


 ネロがスタッフに声をかけて、何やら交渉している。

『二つ買うから値引きしてくれませんか?』という声が聞こえた。


「オイラもこの店で一個買うよ」

「いいのか、ネロ。買い物に付き合わせたのに」

「いいの、いいの。今日のオイラは機嫌がいいからね」


 ネロは上等な真珠のネックレスを買って、その場で首につけてもらった。


「どう? 似合う?」

「お前なら何でも似合うだろう。本物の王族みたいだ」

「クックック……」


 財布へのダメージを減らしてもらったグレイは、軽い足取りでお店を出た。


「グレイの魔剣士復帰祝いか。エリシア嬢、何をプレゼントしてくれるかな」

「まったく想像できない。エリィのことだから、お金で買えないものを用意していると思う」

「まさか、エリシア嬢自身だったりして。私を大人のレディにしてください、とか」

「アホか。エリィは下品な女の子じゃない」

「え〜。展開としては熱いけどな〜」


 エリシアの性格からして、そういうのは結婚式の日まで取っておくタイプだろう。


天真てんしん爛漫らんまんなところは、母親にそっくりだ。本人に自覚はないが、やっぱり領主様の血筋だ」

「エリシア嬢、生粋きっすいの乙女だしな」


 会話に熱中しているネロは、注意が散漫だったせいで、通行人の女の子とぶつかってしまう。


「きゃ⁉︎」

「おっと、すまない」


 ふらついた相手を、ネロの手が支えた。


「ごめんよ、脇見していた」

「いえ、私の方こそ」

「怪我はない?」

「平気よ」


 女の子は十四歳くらい。

 上等なドレスを着ており、明るい金髪をツーサイドアップにしている。


(この顔……どこかで見たような……)


 従者らしき男性が走ってきて、恨めしそうな目を向ける。

「姫様! 勝手に消えないでくださいよ! 私の身にもなってください!」と。


「あら、あなた!」


 女の子が気にしたのはネロの瞳。


「目の色がネロ様そっくり! いいな〜! うらやましい〜!」

「へっ? どうして?」

「私、オニキスの魔剣士ネロ様の大ファンなのよ!」

「…………」


 本物を前にしていると知らない少女は、ネロの魅力を語り始めた。


 ネロ様に結婚願望があるなら、私と結婚してほしい。

 ネロ様のお嫁さんになりたい、とも。


「王宮に帰ったら、ネロ様にお手紙を書かなきゃ!」


 従者に連行されるような形で女の子は去っていく。


「ネロが照れるなんて珍しいな。ファンと出会えて興奮したのか」

「だって、あの子……」

異母妹いぼまいか」


 王様の一番下の子供は十四歳の女の子だったはず。

 正真正銘、ネロと血のつながった妹である。


(二十三歳差か……)


(妹っていうより娘だな)


 孤独な半生を送ってきたネロであるが、実の妹と話せたことは素直に嬉しいらしく、表情がポワポワしている。


「可愛い子だったな。ちゃんとファンレターの返事を書かないとな、ネロおに〜たん」

「う……うるせぇ」


 ツーンと唇を尖らせるネロのことを、不覚にも可愛いと思ってしまった。

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