第60話 思い出の詰まったドレス

 ネロ姫を目にするなり、レベッカは紅茶を吹き出した。


「あんた……本当に……ネロ?」


 なぜか照れるレベッカ。

 理由はすぐに判明する。


「エリシア、中々憎いことをするね。ネロに着せているピンク色のドレス、私が昔に買ってあげたやつだろう」

「そうです! レベッカが気づいてくれて嬉しいです! 六年前、私が我がままいって、レベッカにプレゼントしてもらった、思い出のドレスなのです!」


 当時、エリシアは十二歳だった。

『お姫様になりたい! お姫様になりたい!』と連呼して、親代わりのレベッカを根負こんまけさせたのだ。


 いわば二人の思い出。

 エリシアは成長したから、もう着ることはできないが、ドレスをきれいな状態で保管しておいた。


 ネロなら似合うのでは?

 そう閃いて女装させたのである。


「なんか、昔のエリシアを思い出すね。そんな髪型をしていたよ。うん、身長も今のネロくらいで……ああ、爪に色を塗っていたね。本当に懐かしいよ」

「でしょ! でしょ! でしょ! レベッカならそう言ってくれると思っていました!」


 へぇ、と感心したのはネロ。

 まさか幼少期のエリシアをイメージしていたとは、つゆほども思わないだろう。


「ネロ姫にお願いです。可愛い仕草しぐさをレベッカに見せてあげてください。今こそオニキスの魔剣士である、あなたの才能を発揮するのです」

「任せときな! 朝飯前だぜ!」


 ネロは頬っぺたに人差し指を添えると、


「か〜わ〜い〜い〜?」


 の美少女ポーズを披露ひろうした。

 大興奮したレベッカが、椅子に座ったまま足をバタつかせる。


「ヤバい……可愛い……当時のエリシアを思い出す!」

「ケッケッケ……大成功だぜ!」

「ネロ先輩、あんたってやつは、恐ろしい才能だね。お人形みたいに無垢むくっぽい感じが、昔のエリシアそっくりだよ。違うのは目元くらいかな」


 胸キュンである。

 優しい顔になったレベッカは、引き出しからお菓子のアソートを取り出して、


「好きなやつを食べなさい」


 とネロに勧めた。


「エリシアとグレイも一つ食べなさい」

「ありがとうございます、レベッカ」

「じゃあ、いただこうか」


(レベッカが一瞬で上機嫌になるなんて……)


(くそっ……十二歳のエリィを見られなかったのは、俺の人生で大きな損失だな)


 グレイは空白の十年間を悔やんだ。


「ネロ姫はたくさんの可愛いポーズを持っているのですよ。政務で疲れているレベッカの心を、今こそやして差し上げるのです!」

「よ〜し! 一肌脱ぎますか〜!」


 ネロが『とっておき』の数々を繰り出す。


 ふわぁ〜、と大きな欠伸あくびをこぼしたり……。


 花瓶から抜いた花を一輪、お口に当ててみたり……。


 小鳥みたいにピョンピョン跳ねてみたり……。


 頭の上でピースサインを作って、ウサギの耳を真似てみたり……。


 身体能力を活かして、ドレス姿のままバク宙してみたり……。


 極めつきの一撃は、至近距離から、


「レベッカおね〜たん、髪に糸くずがついているよ! オイラが取ってあげるから動かないで!」


 と上目遣いのスマイルを押し売りするやつ。


 ぐはっ!

 レベッカの理性が陥落かんらくする。

 そんな音が聞こえた。


「何てことだ……昔のエリシアといい勝負だ。私より七つ上の男なのに」

「でしょ! 私がプロデュースしたネロ姫は、最強の生き物なのです! 王宮の人々にたくさんのハッピーを振りまくのです!」

「いぇ〜い!」

「いぇ〜い!」


 ハイタッチを交わすエリシアとネロ。

 グレイも巻き込まれたので、


「いぇ〜い!」


 と手を合わせておいた。


「その……エリシア……王宮へ画家を呼んで、二人の肖像画を描いてもらうのだろう」

「その予定です!」

「私も二人の絵が一枚欲しいかな。無理にとは言わないが」

「はい! お安い御用です! むしろ絵が完成したら、レベッカの部屋に飾っちゃってください!」

「そうか。ありがとう」


 レベッカにとって、エリシアこそ理想の妹。

 幼かったエリシアを想起させるネロも、理想の妹に近いのである。


(思い出のドレス、か)


(数年ぶりに披露するとは、さすがエリィだ)


 また一つ、美談を見つけた気がした。

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