第59話 妹が欲しかったのです!

 ハーデス神の再評価が決定されてから、さらに数日後。


 グレイは王都の巡回から戻ってきた。

『下水道に小型モンスターがみついている!』

 民からの情報提供があったので、サクッと退治してきたのだ。


「ん?」


 エリシアの執務室前で足を止める。


「はぅぅぅ〜〜〜! これは! 可愛い! 控えめにいって神です!」

「ぐぬぬぬぬぬ……。いや……さすがに……恥ずかしい」


 気になる会話がれてきた。


 ドアが少し開いている。

 不用心だな、と思いつつ中をのぞく。


「よく顔を見せてください!」

「死ぬほど照れるな……こんな姿、グレイやレベッカに見られたら、王宮のてっぺんから飛び降りたくなる」

「あ〜ん! 可愛すぎます! 自信を持ってください! 今のあなたは世界一可愛い女の子なのです!」

「うぅぅぅ〜〜〜。くぅぅぅ〜〜〜」


(う〜ん……表情が見えそうで見えない)


 エリシアの他に少女が一人いる。

 たくさんのリボンに包まれたピンク色のドレスをまとっている。


(誰だ……この子?)


 グレイが思ったのは、エリシアの友人の可能性だ。

 王宮の関係者とか、その娘とか、お茶飲み友達がいても不思議はない。


 もう少し観察を続けることにした。


「いつかピクニックしましょう! 王宮の庭で! 私がサンドイッチをこしらえますから!」

「お手製のサンドイッチか〜。むむむ……食べたい」


 ドレスから露出している少女の手足は、やけに滑らかだ。

 美少女のエリシアに負けないくらい。


(やっぱり、貴族の娘か?)


 グレイはドアをノックしてから中へ入った。

 少女はいったん振り向いたが、さっと顔を隠してしまう。


「おい、君……」


 グレイは女の子を持ち上げた。

 この軽さ、知っている、あの魔剣士と同じくらいの体重。


「ネロだな」

「チッ……バレたか」


 鳶色とびいろの目がニヤリと笑った。


「大事な用事があるというから、下水道のモンスター退治、俺一人で行ってきたのに」

「よく見ろよ。これが大事な用事なんだよ」

「はぁ……」

「着せ替え人形になっている」


 理解したグレイは口をへの字に曲げる。


「のぞき見なんて趣味が悪いぜ、グレイ」

「ノリノリで女装を楽しんでいる三十七歳のおっさんに言われたくない。なんだ、その格好。お姫様かよ」


 爪はピンク色。

 口紅まで塗っている。

 白髪ウィッグとレースの髪飾り付き。


 美少女だ。

 それはいい。


 中身は魔剣士だ。

 それもいい。


「おい、ネロ。エリィにお触りして遊んでないだろうな」

「どう考えても、オイラの方が遊び道具でしょ」


 エリシアからの要求。

 それは『半月くらいお姫様の格好をするように』らしい。


「ペナルティの割には楽しそうだな」

「エリシア嬢が喜んでくれるからね。オイラも張り切っちゃうわけさ」


 視線でエリシアに説明を求めた。


「ししょ〜! 実は私、昔からの夢があるのです!」

「あれか。毎日美味しいポリッジが食べたい、というやつか」

「それは八歳の頃の夢です!」


 確かにポリッジとネロは無関係。


「妹が欲しかったのです! 単なる妹じゃありませんよ! お姫様みたいに可愛い妹です! 世界一キラキラしている妹です!」

「妹……だと」


 グレイはハトが豆鉄砲を食らったような顔になる。


「気づいちゃったのですよ! 発見しちゃったのですよ! 妹が欲しいなら、作ればいいのです! このように!」


 ネロの肩にポンと手を置く。


「今日から私の妹になったネロ姫です!」

「おい……」


 ネロは満更まんざらでもなさそうな表情で、


「エリシアおね〜たん!」


 と甘えている。


「おね〜たん⁉︎ いいです! 最高です! 可愛すぎます! 私の性癖に刺さってきます!」

「何回でも言ってやるよ、エリシアおね〜たん」

「ああっ! もうっ! 食べたい可愛さ!」


(クソガキめ……)


(女装を楽しみやがって)


「見ましたか、師匠! これがネロ姫の可愛さなのです! 理想の妹なのです!」

「落ち着け、エリィ。大事なことを一つ忘れている。そいつはエリィの二倍生きている」

「可愛さに年齢なんて関係ありません! 三十七歳だろうが、世界一可愛ければ、それは世界一可愛い三十七歳じゃないですか!」

「確かに……正論だ」


 太鼓判を押してもらったネロが、


「どうだ、グレイ。オイラの可愛さにビビったか。殴れるものなら、オイラの顔面を殴ってみな」


 と挑発ポーズを決めてくる。


「ちょっと容姿がいいからって調子に乗るなよ。どんな服を着ようが、化粧しようが、中身はクソガキおっさんだろうが」


 グレイは拳を持ち上げた。


 できない。

 クソ生意気なネロを殴れない。


 以前なら魔剣グラムで斬れたのに。

『ネロ=美少女』と認識してしまったせいで、何回やっても拳が止まってしまう。


「ケッケッケ……この格好でグレイと勝負したら、ずっと俺のターンだろうね」

「おのれ……魔剣士のくせに卑怯だぞ」

「冗談だよ、グレイおに〜たん」

「やめろ、気持ち悪い呼び方は」

「そう言う割には嬉しそうだね」

「アホか……」


 理想の妹ができたせいで、興奮が止まらないエリシアは、


「絵を一枚残したいですね! お茶会はしましょうね! 城下町でお買い物もしたいですね! 一緒にお菓子作りもしましょうね! 二人で入浴できないのは残念ですが、蒸し風呂くらいなら可能ですかね!」


 と姉妹でやりたいことをリストアップしていく。


「ほら! 師匠もネロ姫が可愛く思えてきたでしょう⁉︎」

「クソ生意気な目つきをしているが……」

「そこが逆に可愛いのですよ!」


 あばたもえくぼの格言を思い出したグレイは、説得を諦めることにした。


(エリィが楽しそうだし、まあ、いっか……)


 調子に乗りまくりのネロは、一回ターンを決めて、ドレスのスカート部分を持ち上げる。


「あわわっ⁉︎ なんて可愛さ⁉︎ もはや妖精さんです! 私が師匠と結婚したら、この子を養子にしたいくらいです!」

「オイラ、エリシアおね〜たんと、グレイおに〜たんの子供になりたい!」

「じゃあ、レベッカにお披露目しないとですね。きっと驚きますよ」

「今から押しかけて、びっくりさせようぜ〜」


 グレイは後頭部をかきむしってから二人を追いかけた。

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