第58話 格好いい私も見てください!

(政務が手につかないと、悩んでいる様子だったが……)


 いったん元老院のステージに立ったエリシアは、りんとしたミスリルの魔剣士の表情になり、聴衆をグッと惹きつけた。


「今日は皆さんにご提案したいことがあります。どうか先輩方の知恵と経験をお貸しください」


 議員は百名いる。

 およそ半数は優しい顔を、残りは険しい顔を向けてくる。


 無理もない。

 女神エリシアよりも、人間のエリシアの方が人気。


(大きな力は、いつの時代も、人々を幸せにするか不幸にするか、両極端というしな……)


「ハーデス神を再評価しませんか?」


 誰も予期していなかったテーマに、場は水を打ったようになる。


「ご存知の通り、ハーデス神は高位の神でありながら、司るのは死、嫉妬、裏切りの三つです。ハーデス神の人気も、圧倒的に最下位でしょう」


 エリシアは用意してきたスピーチを淡々と続ける。


「神話を紐解ひもといてみますと、むしろハーデス神は被害者であり……」


 嫌われ者にも善良な一面はあった。


 時々、人を生き返らせたのである。

 冥府へ送られてきたのが、見所のある若者だった場合、


『お前が死ぬのは、もったいない』

『寿命を伸ばしてやるから、もう一度やり直せ』


 と現世へ送り返した。

 神としての矜持プライドがハーデス神に善行を積ませたという。


「再生……私は四つ目の意味を加えることを提案します。人間はやり直せると信じていますから」


 一部の議員がうんうんと頷いている。

 若い議員ほど、その目つきは真剣だ。


 エリシアの熱弁はあっという間だった。

 そう感じるほど、完ぺきに仕上がっていた。


「ご清聴せいちょうありがとうございました」


 採決の時間となる。

 最初はゆっくりと、それから一斉に手があがる。


 満場一致。

 グレイとレベッカが見守る中、ハーデス神に前向きな意味を持たせる、というエリシアの提案は可決された。


「おめでとう、エリシア殿」

「こちらこそ。お忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます」


 エリシアと執政官コンスルは固い握手を交わした。


 対話を重んじるエリシアのやり方は、元大祭主のクロヴィスが批判したような、悪しきポピュリズムからは遠いものだった。


 ……。

 …………。


「ししょ〜! エリィの格好いい姿、見ていてくれましたか〜!」

「ああ、最高だった。エリィは自慢の弟子だよ」

「いぇ〜い!」

「いぇ〜い!」


 ハイタッチを交わしてから帰路についた。


「よっ!」

「何だよ、ネロ。こっそり元老院へ来ていたのかよ」


 出口のところでネロと合流した。


「当たり前でしょ。愛すべき部下のために、エリシア嬢はハーデス神の再評価を提案してくれたのだから」


 ネロは相変わらずハーデス神を信奉している。

 理由を聞いたら、


「不遇のダークヒーローって格好よくね? ハーデス神単体で、その他の神々と渡り合って、最初は圧倒したんだぜ」


 と返された。


(こいつ……本当に心が成長できないんだな)


 ネロがさやに入った魔剣エルドリッチを持ち上げる。


「エリシア嬢は、こいつを意識してくれたんだよね。再生……オイラが一から出直せるように」

「私を買い被りすぎですよ、ネロ」


 エリシアは前屈みになり、目線の高さをネロと合わせた。


「魔剣エルドリッチからヒントを得たのです。生と死はコインの裏表ですから。それから古い文献を読み漁って、外伝ではありますが、ハーデス神を主人公に据えたエピソードを見つけました。ピンと来るものがあって、一気にスピーチ原稿を書き上げたのです」

「ふ〜ん。すごい熱量じゃん。神様を再評価したって、直接国がうるおうわけじゃないのに。ハーデス神の信者なんて、低所得者層ばかりだし」

「ごく少数ですが、救われる人はいますよ。壊れてしまったハーデス神の石像が、ちゃんと補修されたりね」


 ネロは嬉しそうに笑う。


「鐘の音が聞こえますね」


 エリシアの目が教会を気にした。


 若いカップルが結婚式を執り行なっている。

 花嫁が着ているのは、フリルのついたボリューム感のあるドレス。

 頭にティアラをのせているから、お姫様のように見えなくもない。


「いいですね」


 エリシアが胸の前で指を組む。


(まさか……エリィ)


(結婚式を一回体験したい!)


(なんて無茶は言い出さないよな)


 グレイが冷や冷やしたのは、淡いブルーの目からキラキラ星が飛んでいたから。


 絶対に楽しい妄想をしている。

 十代の女の子が好きそうなやつ。


「決めました!」

「急に何だよ、喜んじゃってさ」

「ネロに科すペナルティですよ! 迷っていましたが、今思いつきました! 私の欲望を満たすため、協力してもらいます! とても素晴らしいアイディアなのです!」

「んん?」


 横で話を聞いていたグレイとレベッカは顔を見合わせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る