第157話 エリシア様の戦闘スタイル

 合宿最終日の朝になった。

 マーリンよりも先に目を覚ましたウィンディは、相方を起こさないようテントを抜け出し、朝の散歩に出かけた。


 いくつか動いている影がある。

 大きな背中が見えたので近づいてみると、汗だくのアッシュだった。

 黎明れいめいからトレーニングとは精が出る。


(アッシュは何回か負けたけれども、悔しそうにしていたもんね……)


 誰かと話している様子だったので、なるべく足音を立てないよう接近してみる。


「そこにいるのは誰ですか」


 あっさりバレた。

 アッシュと会話していたのはピンク髪の女性、魔女のミーティアだった。


「すみません、盗み聞きするつもりはなかったのですが……」

「なんだ、ウィンディか」


 どうやったら魔法が上達するのか。

 アッシュはミーティアに質問していたらしい。


 エリシアやグレイに助言をもらってもいいが、彼らは天才の部類に入る。

 身近な目標という意味でも、高弟のアドバイスの方が役に立ったりする。


「魔法の上達方法なんて、私が知りたいくらいですが」


 ミーティアは慎ましい笑みを浮かべる。

 目が切れ長でまつ毛も長いから、女のウィンディから見ても美女である。


「誰かを真似してみるのは良いアイディアだと思いますよ。火の魔法を伸ばしたかったらレベッカ様の真似。雷の魔法を伸ばしたかったらネロ様の真似。それ以外は封印するのです。まずは一種類を極める。それが上達のコツじゃないでしょうか」

「あれ? でも、ミーティアさんって」

「はい」


 ミーティアは困ったように笑う。


「私は満遍まんべんなく魔法を習得してきました。火だろうが、水だろうが、風だろうが、光だろうが、ある程度は使えます。でも、ある程度までしか使えません」


 お勧めの方法じゃないらしい。

 自分を反面教師というあたり、ミーティアは信頼できる人だと思う。


 加えてもう一つ。

 興味深い話をミーティアは教えてくれた。


「エリシア様が戦闘する姿を見たことはありますか?」

「いえ、話で聞いたことしかありません」


 背中から光の羽を生やして自由に空を飛べるらしい。

 火力とスピードで魔物を圧倒していくスタイルだ。


「実はあの戦闘スタイル、エリシア様のオリジナルじゃないのです。いや、エリシア様といえばエリシア様なのですが」


 三代目ミスリルの魔剣士の方。

 先代が使っていた技や魔法をエリシアは細かく研究したのである。


「誰かを模倣もほうし、そこにアレンジを加える。そうやって魔法は一千年進化してきました。もちろん、三代目のエリシア様も誰かを模倣したはずです。ウィンディはまだ若いですから……」


 そっと肩に手を置かれる。


「あなたは何者にもなれると思います。私のような器用貧乏になることだけはお勧めしません」


 優しいセリフをもらったせいで心臓のあたりが熱くなる。

 甘えと知りつつ、もう一個質問してみた。


「この合宿に私と一緒に参加しているマーリンという子がいるのです。内包している魔力の量は多いのですが、本人は魔法がまったく使えなくて……」

「マーリン? エリシア様の弟子ですよね?」

「そうです、そうです」


 ミーティアは形のいいあごに手を添えた。


魔女の渓谷ウィッチ・バレーに似たような例はありませんかね。ある日、急に魔法が使えるようになったりとか」

「ええ、ありますよ」

「本当ですか⁉︎」


 興奮のあまりミーティアの手を握ってしまった。


「でも、ウィンディが期待するような回答とは違います。大器晩成だよ、と声をかけるだけです。魔女の渓谷ウィッチ・バレーにも成長の遅い子はいて、その子がモチベーションを落とさないよう、君は大器晩成タイプだよ、と周りが優しく接するだけです。お花に水をやるみたいに。すると、ある日きれいな花が咲くものです」

「それじゃ……」

「マーリンが急に魔法を使えるようになる方法は存在しません。もし存在していたらエリシア様が知っています」


 愚直に頑張るしかないらしい。


 マーリンの中に種は眠っている。

 確実に。


 どんな花が咲くのか、自分が最初に見てみたいと思った。

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