第156話 ウィンディとマーリンの約束

 高弟こうてい対決を制したのはシャルティナだった。

 その後のスパイク戦にも勝利して、上級リーグを無敗で駆け抜けた。


 スパイクには女性戦が苦手という欠点があり、ミーティアにも敗れて三位に終わっていた。


 初心者リーグで優勝を決めたのはウィンディである。

 勝利のメダルをグレイのところへ持っていくと、大きな手で頭をでてくれた。


 最後にサプライズがあった。

 百人を超える見習いのために、四人の魔剣士が夕食を準備してくれたのである。


 グレイは魚のムニエル、レベッカは野菜サラダ、ネロはトマトスープといった具合。

 エリシアの作ってくれた具沢山のリゾットが一番好評だった。


 魔法を駆使して大量の料理をこしらえる姿は格好いい。

 エリシアが魔法を唱えると、野菜が一瞬にして細切れになるのである。

 ちなみにレベッカのメニューが簡単なのは料理下手が関係しているらしい。


 あと、小さなハプニングがあった。

 女の子の一人が『私の下着が盗まれた!』と騒いだのだ。


 もちろん疑惑の目が向けられたのは男性陣である。

 シャルティナとスパイクが出てきて、とても険悪なムードになっていたが、その後下着は見つかり、事なきを得ている。


 シャルティナいわく、毎年何かしらのトラブルが起こるらしい。

 今年はマシな方だと笑っていた。


 食事を終えた見習いたちは、それぞれのテントで二日間の疲れをいやしていた。


 ウィンディは愛用の剣を磨いている。

 グレイが買い与えてくれたやつで、師匠の応援があったから今回の好成績が残せたと思う。


 マーリンはさっきから日記をつけている。

 横からのぞくと『ウィンディが全勝で優勝して、とても格好よかったのです』とバカ正直に褒めてくれるから照れてしまった。


 ちなみにマーリンの成績は十八敗一分である。

 小さな女の子と戦った時、向こうが泣き出したらマーリンも泣き出して、そのまま時間切れになるという一幕があった。


(マーリンって、本当に臆病者なんだから……)


 素質はあるはず。

 エリシアが弟子にしたいと思うくらいには。

 その内急成長して、ウィンディなんかあっという間に置いていくかもしれない。


「やけに楽しそうだね」


 光沢のある金髪に指を通してみた。

 シルクみたいに滑らかで、何回触っても気持ちいい。


「途中で諦めずに十九回戦を戦い抜きました。エリシア様から褒められたのです」

「うんうん、最初は怖がっていたもんね」


 日記帳を閉じたマーリンが寄ってくる。

 甘やかしたくなったウィンディは膝枕してあげることにした。


「ウィンディが羨ましいです。とても勇敢ですから」

「そうかな〜。男みたいでガサツって言われるけどな〜」

「ウィンディを見ていると、私も強くなりたいって思えました。理由を言っちゃってもいいですか」

「どうしたの、急に?」


 体をよじったマーリンは、恥ずかしそうに見上げてくる。

 そんな表情を向けられると照れがウィンディまで伝染してくる。


「もしウィンディがピンチになった時、私が助けてあげたいのです。そのためには今より強くなる必要があります。それが私の夢でありモチベーションなのです」

「エリシア様に褒められるのが目的じゃないんだ?」

「それもあります!」


 マーリンは赤くなった顔を手でガードした。


「でも、私が成長しないと、今みたいにウィンディの側にいられません。置いてけぼりにされると悲しいです。あの……その……私……」

「遠慮せずに言いなよ。私とマーリンの仲じゃん」

「言っても嫌いにならないですか?」

「なるわけないよ」


 マーリンの様子がおかしい。

 親とはぐれた子猫みたいに目をうるませている。

 マーリンが話しやすいよう、一定のリズムで肩をポンポンしてあげた。


「私、ウィンディと結婚したいです!」

「はっ⁉︎」

「将来、誰かと結婚するならウィンディがいいです!」


 十六年生きてきたが、今日ほど困惑したことはない。

 お人形のように愛くるしい少女から求婚されるなんて、一体誰が思いつくだろうか。


「ちょっと、ちょっと、マーリン、本気で言ってる?」

「はい! 私はいつだって本気なのです!」


 男っぽい性格をしている自覚はあった。

 しかし、女子から告白されるのはショックである。


「結婚の意味を分かっている?」

「ずっと一緒にいるってことですよね⁉︎」

「う〜ん……まあ……それで合っているけれども」


 分かっていないな、この子。

 友情と恋愛の区別がついていない。

 そもそも男と女の差を理解しているかも怪しい。


「ずっと私の友達でいたいって意味だよね」

「そうです! ウィンディの真横がいいです!」

「うっ……真横かぁ〜」


 いちいち重いなぁ。

 マーリンって実は嫉妬深い子なのだろうか。


「ウィンディとシャルティナさんが楽しそうに話していました。その様子を見ていたら、なぜか私の胸がモヤモヤしました。ウィンディは、私と話している時よりも、シャルティナさんと話している時の方が幸せなのでしょうか?」

「いやいや! そんなことないよ! マーリンと話すのは楽しいよ!」


 まさかの焼きもち⁉︎

 ありえない感情じゃないが、真顔で打ち明けられると困ってしまう。


「え〜と……シャルティナさんに妬いたのかな?」

「ヤクって、どういう意味でしょうか?」

「そこからか〜。だよね〜」


 自分と仲良しの人が、別の誰かと仲良くしていたら、不安な気持ちにさせられる。

 そう説明すると無知なマーリンも納得してくれた。


「私はシャルティナさんに焼きもちを焼いていたわけですね」

「落ち込むことじゃないよ。焼きもちなんて誰でも焼くし」

「ウィンディもですか」

「うん……」


 グレイとエリシアは仲がいい。

 運命のようなもので結ばれている。

 エリシアを羨んだところで、何一つ意味はないと分かっていても、胸が締め付けられることはある。


 エリシアは優しい。

 人として、女性として、とても尊敬している。


「自分に持っていないものを、その人が持っていると、どうしても人は嫉妬しちゃうの。みんな上手いこと隠しているだけ」

「ウィンディは頭がいいのです。私が知らないことを、たくさん知っています」

「もうっ! マーリンって本当に可愛いな!」


 か細い体をお人形みたいにぎゅ〜と抱きしめた。


「マーリン、約束して。私がピンチになったら助けてくれる?」

「はい、必ず」


 この感情を利用すべきだろうか。

 もしかしたらマーリンがからを破るための切欠きっかけをくれるかもしれない。


「今日も魔石を育ててから寝よっか」

「はいなのです!」


 二つの魔石は目視じゃ分からないスピードで、でも確実に成長している。

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