第155話 致命的な弱点と、注目の対戦カード

 小手先のテクニックが何回も通用するほどスパイクは甘い相手じゃない。

 そこから三点を連取して、実力差を見せつけてきた。


 汗だくになったアッシュが帰ってくる。

 表情は落ち着いているが、内心は悔しさでいっぱいだろう。


「よくやった。後半の立ち回りが少し単調だったな」

「……はい」


 グレイは言葉少なに伝えて肩を叩いておいた。


「すごかったよ、アッシュ! 高弟相手に一点取るなんて! やっぱり私の兄弟子だね!」


 ウィンディが駆け寄って尊敬の眼差しを向ける。


「次はウィンディの番だな」

「うん、もうすぐ次の試合があるの。連勝を伸ばせるように頑張らないと」

「そうじゃなくて」


 言葉を探す時のクセで、アッシュは頬っぺたの傷に触れた。


「来年はお前がスパイクを倒すんだよ」

「えっ……私が⁉︎」

「言っとくが、さっきの相手は本気じゃない。魔剣イグニスを解放していないからな。あれで実力の半分くらいだろう」

「ッ……⁉︎」


 複数の足音が近づいてくる。

 先頭を歩いているのはスパイクで、自信に満ちた表情をしている。


「まさかグレイ様も観戦されていたとは」

「俺の弟子が出るからな。レベッカの高弟がどれほどか気になった」

「今回優勝するのは俺です。シャルティナにも、ミーティアにも負けません」


 スパイク一行が去ったので、グレイたちもその場を後にする。

 途中、ウィンディが敵外心たっぷりの目で後ろをにらんでいた。


「やっぱり魔剣がないと、魔剣使いには対抗できないのですかね」

「というより……」


 グレイが魔剣グラムを持っていない状態で全力のスパイクと戦ったとする。


 普通に勝てるだろう。

 そういう意味では、魔剣は必須じゃない。


「だが、魔剣に選ばれたということは、一定の実力があるという証明でもある。少なくともウィンディが魔剣に選ばれない内は、スパイクに勝てないだろうな」

「ですか……」


 この後、ウィンディの試合とマーリンの試合を一戦ずつ観戦していった。

 ウィンディは着々と白星を伸ばして、マーリンは順当に黒星を重ねていった。


 次に四人が集まったのは三日目の朝食だった。

 マーリンの食が細いので理由を問うてみた。


「けっきょく昨日は九連敗しちゃいました。連敗続きの子がもう一人いるのですが、直接対決で負けてしまったら、私が最弱になってしまうのです。エリシア様に申し訳ない気持ちでいっぱいです」


 マーリンの不調は深刻だった。

 勝てない理由はハッキリしていて、中々攻めないのである。


 戦う前から怯んでいる。

 相手が大声を出すと、びっくりして腰を抜かす。

 魔法も使ってこないから、マーリンほど倒しやすい相手はいない。


(戦闘中に両目をつむってしまうクセは致命的だな……)


 攻撃が当たらないどころか、簡単に背中に回り込まれる。

 攻略法がバレており相手も弱点をガンガンついてくる。


 繰り返すようだが、マーリンには魔法の才能がある。

 今回の合宿で開花するのではないかとグレイも期待していた。

 どうやら時期尚早だったらしい。


「その……だな。勝てない原因はなんだと思う?」

「想像しちゃうのです」

「想像?」


 マーリンが勝つと相手は負けてしまう。

 すると相手が悲しむ。

 その姿を想像すると攻撃できないらしい。


「しかし、誰かを負かさないとマーリンは勝てない」

「頭では分かっているのです! 体がついてこないのです! 私が負けた方がみんな幸せになると思ってしまうのです!」


 思っていた百倍くらい深刻だった。

 昔のエリシアは負けず嫌いな性格をしていたが、今のマーリンにはそれも期待できない。


「マーリンって本当に優しいよね」


 横からウィンディがフォローする。


「その優しさが、いつかマーリンの力になるんじゃないかな」

「ウィンディ……」


 オッドアイから涙が落ちてきて手元のパンを濡らした。


「いや⁉︎ 泣かなくても⁉︎」

「いえ、嬉しかったのです」


 マーリンが泣きながら笑う。


「ウィンディが応援してくれるから今日も一日頑張れる気がします」

「もう、本当に泣き虫なんだから」


 黙ってやり取りを見ていたアッシュが小さく笑った。


 ……。

 …………。


 注目の対戦カードが一番目に組まれていた。


 最初にフィールドへ呼ばれたのはシャルティナ。

 ネロの弟子たちが大声援を送る。


 対するはミーティア。

 ピンク髪の魔女が入場すると魔女の渓谷ウィッチ・バレーの見習いたちも盛り上がった。


「今年は私が勝っちゃうよ」


 先に魔剣を抜いたのはシャルティナである。

 左手を浅く斬りつけて、血を剣身に垂らした。


「我が命を食らえ……魔剣アイギス」


 渦を描くような風が白ローブを揺らす。


「なるほど。ネロ様が見ている手前、アピールしたいですよね」

「私の師匠は関係ないだろう!」


 ミーティアも腰のホルダーに差してある剣を抜いた。

 長さはギリギリ短剣と呼べるくらい。

 土色の剣身が蛇行だこうしている。


 ミーティアは体を傷つけない。

 その代わりコートの内側からガラス管を取り出した。

 コルク栓を外して中に溜めておいた血液を垂らす。


「我が命を食らえ……魔剣キュベレー」


 ミーティアの魔力も跳ね上がり、シャルティナの方に風を押し返した。


「グレイ様はどっちが勝つと思いますか?」


 ウィンディに質問されたが、よく分からない、が本音だ。


 二人の実力は同じくらい。

 そして戦闘スタイルがまったく違う。


 シャルティナはディフェンシブな戦いを得意とする。

 防護結界シールドの強度が高いから、ちょっとやそっとの攻撃じゃ崩れない。


 ミーティアは魔法でひたすら攻める。

 攻撃のバリエーションも豊富で、近づくのは容易じゃない。


 二人とも互いの手の内は知り尽くしている。

 この一年、どれだけ成長したかが勝敗を分けるだろう。


「よく見ておけ、ウィンディ。自分ならどう立ち回るか。想像しながら観戦するんだ。本物の長所というものは、相手が対策してきても、その上を行ったりする」


 審判役のレベッカが開始を宣言した。

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