第154話 格上とぶつかる時

 昼食の時間になった。

 どの見習いも三戦か四戦はこなしており、本人の顔色を見れば、大体の結果は分かってしまう。


 悔しそうにしているのが二勝二敗か二勝一敗の子たち。

 同じ成績の仲間と反省会をやっている。


 余裕そうなのが全勝の面々。

 幸先のいいスタートを切れた嬉しさに満ちている。


「アッシュも四連勝したんだ! 上級リーグなのにすごい!」

「そういうウィンディも四連勝か。初参加なのにやるじゃねぇか」

「私の場合、小さな子供が相手だったけどね」


 二人とも笑いながらパンをかじっている。


 真逆なのがマーリン。

 午前中は三連敗して終わった。

 内容を聞いた感じだと、一方的に攻められて終わっている。


「はぅ〜、私は全然良いところなしなのです。八歳くらいの男の子に手も足も出ませんでした」


 そんなセリフとは裏腹に落ち込んでいる様子はない。

 理由は二つあって、純粋に合宿の空気が楽しいのと、ウィンディの連勝が誇らしいから。


「初心者リーグはウィンディの優勝で間違いなしなのです」

「マーリンは気が早いなぁ」


 午前中、グレイは怪我人を何人か治療した。

 模擬戦とはいえ、同じくらいの実力の相手と戦うわけだから、どうしても試合に熱が入ってしまう。

 相手を傷つける……というより、魔法が暴発して自滅するパターンが多い。


 負傷がひどい場合はリタイア扱いにする。

 今のところ大事にいたったケースはない。


「マーリンは残り十六戦ある。どこか一つ勝てばいいさ」

「はい、十九連敗したら、エリシア様に合わせる顔がないのです。今度こそ本当に見捨てられます」

「そこまで重く考えなくていいぞ」


 エリシアは魔女の渓谷ウィッチ・バレーの女子たちと一緒にランチを楽しんでいる。

 滅多に会うことのないメンバーだし、中には同じ年齢の子もいるから、親交を深めるいいチャンスだろう。


 午後の対戦が始まった。

 グレイはウィンディのところへ行き、後ろから肩を叩いた。


「もうすぐアッシュの戦いがある。観戦しておけ」

「相手は誰ですか?」

「スパイクだ」

「えっ⁉︎ レベッカ様のところの⁉︎」


 横で話を聞いていたマーリンもついてくる。


「向こうが格上なのはアッシュも分かっている。どう立ち回るか見ておけ」


 ものすごい歓声がフィールドを包んでいた。

 当たり前だが、すべてスパイクに対する応援だ。


「アッシュ〜! 負けるな〜!」


 ウィンディが兄弟子を応援するも、簡単にかき消されてしまう。


 アッシュが大剣を構えると、スパイクも腰の魔剣を抜いた。

 両者の表情は真剣そのものであり、周りのギャラリーまで緊張している。


 審判がスタートを宣言する。

 二人ともすぐには動かない。


 スパイクは腕をだらりと下げている。

 攻めてこい、という意図らしい。


 対するアッシュも動かない。

 時間だけがいたずらに過ぎていく。


「どうしてアッシュは動かないのですか⁉︎ 相手は隙だらけじゃないですか⁉︎」


 そう見えるのはウィンディが未熟なせいだ。

 一見すると無防備でも、スパイクはちゃんと受けの準備をしている。

 アッシュもそれを理解しているから簡単に攻められない。


「時間が減るのはアッシュにとって悪いことじゃない」


 延長戦に入ると一点先取になる。

 運が良かったら格上のスパイクに勝てる。

 そこまで計算してアッシュは待ちを選んでいる。


 小さな勝機を拡大する。

 歴戦のアッシュらしい狡猾こうかつさといえる。


「なるほど……」


 相手の意図に気づいたらしい。

 スパイクが魔法を唱える。


陽炎ミラージュ


 赤髪の青年が三体に分身した。

 本体は一つで、二つはダミーだ。


 それまで攻めなかったアッシュが初めて攻撃した。

 大剣を振り上げ、振り下ろす。

 三つある内、本体をとらえる。


 ダミーには影がない。

 単純なトリックだが、アッシュは一発で見破った。


「すごい! 本物を見抜いた!」


 ウィンディは興奮しているが、喜ぶのは早い。

 スパイクは剣でガードしている。


「俺の陽炎ミラージュを一瞬で見破ったか。ただ者じゃないな」

「そりゃ、ど〜も」


 そこから先は剣技と剣技の応酬だった。

 自己流のアッシュに対して、正統派のスパイクという感じだ。


 剣と剣がまともにぶつかる。

 アッシュの腕の筋肉がはち切れんばかりに膨れて、そのままスパイクの体を押していき、とある一線の手前まで来る。


「しまった⁉︎」


 気づいても遅い。

 スパイクの片足がフィールドの線を割ったのである。


「アッシュに一点!」


 審判が大声で宣言すると、場はざわめきに包まれた。

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