第37話 デートの約束を取りつける

「オイラがクロヴィスのことを先生って呼ぶ理由? そりゃ、アレだよ。聖教会が運営する孤児院にいた時代、クロヴィスがそこの先生だったのさ。まさか将来、大祭主になるとはね〜。まあ、オイラが魔剣士になったことの方が意外かな〜」


 せっかく大聖堂に来たので、神に祈りを捧げておこう、という話になった。

 円柱の並んだ回廊があり、左右にずらっと神々の像が鎮座ちんざしている。


 グレイは『戦争の神マルス』の前で足を止めた。


 軍人や騎士には人気の神だ。

 歴代の魔剣士たちも、好きな神を一つ選べと言われたら、マルス神と回答する者は多かっただろう。


 エリシアやレベッカは当たり前のように『豊穣ほうじょうの女神エリシア』のところへ向かった。


 いつの時代も一番人気なのがエリシア神である。

 優しさと美しさを兼ね備えたルックスも相まって、絵画の題材として採用されることも多い。


 ネロの姿がない。

 と思ったら、端っこにいた。

冥府めいふの神ハーデス』に祈りを捧げている。


 ハーデス神を信奉する者は珍しい。

 人気だって神々の中では最下位だろう。


 理由は単純。

 名が売れている神の中で唯一ネガティブな意味を持つから。


 死、嫉妬、裏切り。

 グレイの知る限り、ハーデス神の信奉者は、葬儀屋や屠殺とさつ業者といった鼻つまみ者に限られている。


「ハーデス神って可哀想だよな」


 ネロが後ろを振り返らずにいう。


「神様なのに嫌われ者なんだぜ。たくさん石像が並んでいても、ハーデス神一体だけ古かったり、体の一部が欠けていたりする。女神エリシアはピカピカなのによ。この世は不公平というが、神々の世界もアンフェアらしいな」


 グレイはハーデス神の顔を見つめた。

 悪役らしく、しかめっ面を浮かべている。


「仕方ない。子供が見たらトラウマだろう。足元には骸骨がいこつ、片手には大鎌、首には毒ヘビ。ひねくれ者じゃない限り、好きになれない」

「そうだな。オイラはひねくれ者さ。子供の頃からハーデス神を信奉している」


 ネロは胸の前で五芒星ペンタグラムを切った。

 セントエルモの加護があらんことを、と。


「ハーデス神がどうして冥府の神なのか、グレイは知っているか?」

「まあ、いちおうは……」


 ハーデス神の父も神だった。

 父は息子に権力の座を奪われることを恐れて、長男のハーデス神を冥府に閉じ込めてしまった。


 嫉妬もこれが発端ほったん

 ハーデス神は楽園でのうのうと暮らす弟や妹を憎みに憎んだ。


「ひどい話だよな」

「まったくだ。人間が同じことをやったら虐待ぎゃくたいだな」

「だからオイラくらいハーデス神の信者でもいいだろう。アウトサイダーらしくさ」

「アウトサイダー? 孤児院で育ったから?」

「そうそう」


 エリシアとレベッカの話し声が近づいてくる。

 くるりと振り返ったネロは皮肉っぽく笑う。


「アウトサイダーって響き、格好よくない?」

「本当にガキだな、ネロは」

「クックック……」


 大聖堂の出口のところまで四人で向かったが、急にネロが、


「あっ! しまった!」


 と頓狂とんきょうな声を出す。


「一個だけ買い忘れた品がある。悪いけれども三人で王宮へ帰ってくれ」


 するとレベッカまでUターンする。


「すまない、大聖堂に忘れ物をしてしまった。エリシアを王宮まで送り届けてくれないか、グレイ」


 二人きりになるグレイとエリシア。

 デート帰りのカップルみたいに肩を並べて歩く。


「神殿でネロと何を話していたのですか?」

「神々の世界もアンフェアって話だ。ハーデス神だけ冷や飯を食っている」

「冷や飯、ですか?」


 グレイはハーデス神の生い立ちを語った。

 エリシアは初耳らしく、


「まあ⁉︎ 可哀想に!」


 とあわれんでいる。


「ハーデス神の名誉を回復しましょう! 一個くらい良い意味を与えるべきです! だって被害者じゃないですか⁉︎」

「そうだな。エリィが問題提起したら変わるかもな」


 白亜の門が見えてきた。


「あの、エリィ……」

「あの、師匠……」


 二人の声がバッティングする。


「あ、すまん」

「私の方こそ」

「……」

「…………」

「俺から言ってもいいか?」

「どうぞ!」

「もうすぐ建国祭があるだろう」


 エリシアがハッとして顔を上げた。


「二人だけで出かけないか。もしエリィの時間が許すなら。無理にとはいわない。十年前と違うところとか、エリィに案内してほしい」

「ッ……⁉︎」


 エリシアは小さくジャンプした。


「嬉しいです! 私から誘おうと思っていました! すると師匠から誘われました! この上なく嬉しいです! まさに以心伝心ですね!」

「そう……だな」


(ネロから情報を仕入れていたお陰だけれども……)


 エリシアの笑顔を守りたいグレイは、


「楽しみが一つ増えた。エリィがOKしてくれたお陰だ」


 と微笑みつつ、ペンダントを隠している胸元にタッチした。

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