第12話 フォーミュラ暦一〇三八年
グレイが生きているロジックを説明するとしたら他に考えられない。
大型モンスターに食われた人間が無事だったというエピソード、この国の歴史上初だろうが……。
次に目覚めたのはベッドの上だった。
カーテンの隙間から差し込んでくる光が眩しい。
ベッド脇のテーブルに置かれているのは水の入った容器と新鮮なフルーツが三種類。
グレイは手のひらを曲げたり伸ばしたりした。
エリシアを投げ飛ばした時の感触がまだ残っている。
喉の渇きを思い出したグレイは腕を伸ばしかけて『うっ……』と痛みに
筋肉痛なんて言葉じゃ足りないくらいの激痛が頭から爪先まで包んでいる。
痛いのは生きている証拠。
そう割り切って我慢することにした。
「果物を食べたいの?」
ベッドの下から二つの瞳が出てくる。
この声は河原にいた少年だろう。
「水を飲みたい」
「分かった。動かないで」
少年はコップに移した水をチビチビと寝ているグレイの口に落としてくれた。
十二歳くらいだろうか。
エリシアよりしっかり者という印象を受ける。
柔らかそうな頬は淡いピンク色を帯びており、この家が食料に不自由していないことを物語っている。
「おじさんの名前は?」
「グレイという」
「もしかしてオリハルコンの魔剣士グレイ?」
「話が早いな。俺の記憶が狂っていなければオリハルコンの魔剣士グレイだ。死亡扱いにされているだろうから、元魔剣士というべきか」
「へぇ〜! すげぇ〜!」
魔剣士はどこへ行っても尊敬される。
この仕事の数少ないメリットだろう。
気になるのは暦である。
少なくない時間をアヴァロンの体内で過ごしたはずだ。
一年か、二年か、三年か。
おっちょこちょいのエリシアも大人に一歩近づいているはず。
「この近くで最後にアヴァロンが出たのはいつだ?」
「アヴァロン? あの人を食らう怪物のこと? だったら、しばらく出ていないよ」
予想とまったく違う返答をもらったグレイは口をポカンと開ける。
「そんなはずないだろう」
「そうだな。僕が生まれた後、物心つく前に一回出たらしいよ」
「ちょっと待て。今年が何年か教えてくれ」
「一〇三八年だよ」
耳を疑った。
「フォーミュラ暦一〇二八年じゃないのか?」
「何いってるの、おじさん。今年は一〇三八年だよ。ちなみに僕は一〇二六年の生まれ」
「そうか。よく分かった。今年は一〇三八年だ」
全身の筋肉から緊張が抜けていった。
もし隣に少年がいなければ声に出して笑っただろう。
ちなみにグレイはフォーミュラ暦一〇〇一年に生まれている。
「ねぇ、この剣って魔剣なの?」
少年は部屋の隅にある大剣を気にする。
「そうだ。魔剣グラムという」
「魔剣は生きているって本当? 言葉をしゃべったりするの?」
「生きているというのは
「すげぇ〜! 格好いい〜!」
この子も魔剣士に憧れる一人なのだろう。
「おじさんって強いの?」
「魔剣士としてという意味か?」
「うんうん」
アヴァロン相手に三日三晩も粘った。
客観的に見て褒められるべきだろう。
「平均より少し上だ。俺より強い人間なら間違いなく魔剣士に選ばれる」
「おぉ〜! やべぇ〜! 本物だ〜!」
「僕も魔剣士になりたいな」
「どうして? わりと裕福な家だろう」
「周りのやつらを見返したいんだ。村のみんなは俺にぺこぺこするけれども、それは俺が村長の息子だからで、内心ではバカにしている。魔剣士になったら尊敬されるでしょう」
「そうだな。道端で倒れていても助けてもらえる。俺みたいに」
「あははっ! 楽しそう!」
少年は何でも知りたがった。
純粋に村の外から来た人間が珍しいのだろう。
「魔剣士って誰でも弟子を取るの?」
「弟子を取らない魔剣士は珍しいな。多いケースだと百人くらい弟子を取る」
「おじさんは?」
「一人だけいた。もう何年も会っていない」
「今まで倒してきた魔物を覚えている?」
「手強かったやつなら」
グレイは腕の古傷を順番に指していった。
どのモンスターにもらった傷か、どんなシチュエーションで戦ったのか、意外と覚えているものだ。
「魔剣士の才能って何なの?」
「難しい質問だな。生まれ持った魔力だろう。恵まれた体格だろう。魔剣士を
少年の心臓がある位置を指でトントンする。
「強大なモチベーション。正直、先天的な才能がなくても魔剣士になるやつは魔剣士になる」
これは嘘じゃない。
グレイも魔剣士としての修練を始めたのは遅い方だ。
「僕は? 僕は? 頑張ったら魔剣士になれる?」
「かなり努力したらな。でも魔剣士になってからが辛いぞ。
「言えてる」
少年がくしゃりと笑った時、ドアが開いて父親が入ってきた。
「お目覚めになりましたか。すみません、うちの息子がうるさくて」
「いえ、話し相手がいて助かりました」
少年は親指を立てて喜ぶ。
「晩飯の支度をしています。何かお持ちしましょうか」
「ベッドを貸してもらえただけで十分すぎるくらいです」
「分かりました。ベルを置いておきますので。用があればいつでも鳴らしてください」
品の良さそうな父親はぺこりと頭を下げてから出ていった。
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