第119話 温室だと服が蒸れちゃう
一歩踏み込むなり、モワッとした空気が顔面に吹き付けた。
水蒸気を出しているのは魔石をエネルギー源としたボイラー。
冬場でも高温多湿をキープしてくれる。
「ウネウネしたツタ植物がいっぱいなのです!」
当初の目的を忘れたエリシアが大興奮している。
「うぇ〜。あちぃ〜。服の中が蒸れそう」
メイド服の胸元をつまんでパタパタしているのはネロ。
今はお昼の時間帯で、太陽光が差しているから、真夏のような暑さなのである。
「お前ってやつは本当に品がないよな」
「エリシア嬢のドレスも蒸れてんじゃね〜の?」
「エリィは蒸れない。ミスリルの魔剣士だからな」
「説明になってねぇ」
南国にしかない植物を集めたコーナーがある。
毒々しい色をした花とか、虫を食べる植物とか、真っ赤な実をつける木とか、怪奇なものが目立つ。
ネロがツンツンしているのはサボテン。
温室のベースを築いたのは先代のエリシア。
単に植物を楽しむのが目的じゃない。
薬の研究のためである。
王都というのは人口密集地域で、疫病が発生しやすいため、治療に効く薬の開発は重要だった。
先代のエリシアは何種類もの新薬を作った。
ミスリルの魔剣士の他、研究者としての一面も持ち合わせていたのである。
「ここですね」
温室の中央にペガサスの像がある。
地図の情報によると、この石像を回したら地下迷宮への扉が開くらしい。
グレイが頭の方を、ネロが尻尾の方を担当する。
せ〜の! で動かしてみるが、中々回らない。
「おい、グレイ、手を抜いてんじゃねえよ」
「バカ! 明らかにお前の力不足だろ!」
「ていうか方向は合っているのか?」
「普通は右に回すだろう」
エリシアにネロを手伝ってもらったら今度はちゃんと回った。
床の一部がスライドして地下への階段が姿をあらわす。
「潜入する前にだな」
ネロが取り出したのは毛糸玉。
その先端をペガサスの角にくくりつける。
これを持って入ったら迷子にならずに帰ってこられるでしょう、と。
「ネロにしては頭がいいな」
「天才なのです!」
「えっへん!」
得意顔のネロには申し訳ないのだが……。
中で多数のトラップが待ち受けており、毛糸がぶった斬られるオチが見えなくもないが、指摘するほどグレイも
「じゃあ、古代兵器を探しに行くか」
「いやいや、伝説の薬草が待っているのです」
「おい、魔剣エクスカリバーじゃないのか」
エリシアが真ん中を進み、右側をグレイが、左側をネロが守る。
手で火球を作っておけば探索に必要な明るさが得られる。
「内部は涼しいですね」
「お、最初の扉があるぜ」
さっそく通行止めかと思いきや、一部が壊れており、腰を曲げたら進めそうだ。
「扉に文字が書かれていますね。しかも古代文字なのです」
エリシアは持参してきた辞書をパラパラとめくった。
古代文字というのは、一千年以上前に使われていた言葉で、文法は今とほぼ同一だが、文字の綴りが違っていたりする。
「この先へ進めるのは魔剣に選ばれし者だけである、と書かれています。つまり魔剣士のことですね。私たちは有資格者なのです」
というわけで扉を抜ける。
正方形の空間に出た。
四方にびっしりと壁画が残されている。
人と人が争っている様子だ。
右の軍勢と左の軍勢で持っている武器や防具に違いがあるから、国と国の戦争を描いたのだろう。
「知っているぜ。一千年以上前、地上にはたくさんの国家があり、毎年のように戦争していたんだろう。この竜の旗、ドラゴニア王国の軍勢だよな。竜を使役するウィザードがいて、ペンドラゴンを陥落寸前まで追い詰めたって話だろう」
ネロがファーランの故郷について解説する。
(魔剣使いもいる……軍の指揮官というわけか)
この時、地上には二種類の戦いがあった。
人と人の争い。
人と魔物の争い。
この状況を
時には話し合いで、時には武力を使って、人類サイドを一つに束ね始めたのだ。
アーサー王は統一国家の樹立にこだわった。
当時は生まれてくる赤ちゃんの数より、毎年亡くなる人数の方が多くて、人類はテリトリーを魔物に削られていた。
グレイは一枚の壁画の前で足を止めた。
魔剣エクスカリバーを手にしたアーサー王と、七名の腹心が勢ぞろいしていた。
この中に初代オリハルコンの魔剣士がいるのかと思うと、自分も歴史の一コマに立っている気分にさせられた。
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