第47話 魔剣士ってその程度なのかよ!

「お前は強くない」


 ネロをもう一回叩きつけた。


「アヴァロンはもっと強い」


 さらに叩きつける。


「エリィはもっともっともっと強い」


 ありったけの力でもう一回。

 骨の砕けるような、嫌な感触が伝わってきた。


「バッカじゃねえの!」


 しかしネロは死なない。

 魔剣のせいで死ねない。


「アヴァロンが強い⁉︎ エリシア嬢が強い⁉︎ 当たり前じゃねえか⁉︎」


 グレイの腕に短剣が突き刺さる。

 こちらの鳩尾みぞおちを蹴っ飛ばし、ネロは拘束から逃れた。


「頭がおかしくなったのか、グレイ⁉︎ 分かりきったこと言ってんじゃね〜よ!」

「俺は負けない。お前に屈しない。最後まで守り抜く」

「こいつ……」


 ネロの口から赤いツバが飛んだ。


「だったら、白黒つけてやるよ! お前はオイラを倒せない! エリシア嬢を救えない! それはお前が弱いからだ!」


 ネロは雷のオオカミを再召喚。

 集団のトップに立ち、突っ込んできた。


 グレイは迎え撃つ。

 この日初めてネロから剣の勝負を挑んできた。


「ネロ!」

「グレイ!」


 ネロは素早い。

 しかも、ほぼ不死身。


 稲妻の猟犬スキジック・ウルブスのサポートもあるせいで、攻撃に切れ目らしい切れ目がない。


 グレイは強引に一撃を叩き込む。

 ネロも負けじと一撃を返してきた。


 痛み分け。


 ネロの傷はすぐ治る。

 グレイの傷だけ一方的に増えていく。


(見た目にだまされるな……)


(ネロだって確実に消耗している……)


 グレイは自分で自分を鼓舞こぶした。


「グレイは昔に教えてくれたよな! お前が魔剣士になった理由ってやつを!」


 ああ、覚えている。

 守りたいものがあった。


「大切な何かを守りたくて、そのために魔剣士になって……」


 グレイが振り下ろした大剣を、ネロはまともに食らった。

 あどけなさの残る顔に赤い線が走った。


「でも、お前は……」


 獄炎ごくえんのような目がくわっと開く。


「何一つ守れてねぇじゃね〜か!」


 血で血を洗うような斬り合いになる。


「テメェの師匠も……」


 ネロが斬りかかってくる。


「テメェの故郷も……」


 グレイも斬り返す。


「テメェの両親も……」


 剣と剣が火花を散らす。


「テメェの兄弟も……テメェの妹も……」


 ネロは短剣。

 なのに一撃一撃が重い。


「テメェが初めて好きになった女の子も……テメェを初めて好きになってくれた女の子も……」


 さっきからヒットしている。

 グレイの攻撃は何度も、何度も、何度も、しつこいくらい。


 しかし、ネロは止まらない。


 むしろ手数を増やしてくる。

 防御なんて概念、とっくに捨てている。


(これが攻めの剣……ネロの剣……)


 旧友を斬る。

 なぜか自分の心まで痛くなる。


「何一つ守れてねぇじゃね〜か、グレイ!」


 ネロがえたのは、グレイに対してというより、もっと大きな存在に対してであって……。


「魔剣士って、その程度の存在なのかよ! お前のいう守りの剣って、その程度の強さなのかよ!」


 それは違う。

 心で否定する。


「オイラに教えてくれよ、グレイ! お前の剣は……魔剣グラムは……デカいだけの役立たずなのかよ! お前の大切なものを一回でも守ったのかよ! なあ、グレイ、答えてみろよ!」


 激昂げっこうするネロの瞳は、なぜかかなしい色をしていた。


 ……。

 …………。


 グレイにも故郷があった。


 王都ペンドラゴンから馬車で十日ほど。

 貴腐きふワインの産地として、少しは名の知れた村だった。


 領主様の屋敷を見にいくのが日課だった。


 会えるから。

 ガラス窓の向こう側。

 ぬいぐるみを抱いて、読書している女の子と、よく目が合うのだ。


 グレイは平民。

 本当なら口を利けない存在。


 でも、その子はグレイと話したがったし、その子の両親も娘の楽しみを邪魔してこなかった。


 彼女の名前はミケーニア。


 淡いブルーの瞳と、月光のような銀髪がチャームポイントの、グレイと同い年の女の子だった。

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