第33話 この世で最初の英雄譚

「いやいや、謝るな、ネロ」


 グレイは気落ちする戦友の肩を叩いた。


「戦果がなかったのは、単に七大厄災パガヌスと交戦する機会がなかっただけだろう。お前の実力の問題じゃない」

「グレイ……」

「俺だって七大厄災パガヌスを倒したことはないし、そもそも遭遇そうぐうしたことすらない。立場的にはネロと変わらない」


 ネロやレベッカは庶民から愛されている。

 それだけ人々の命を救ってきた証拠だ。


「お前、俺たちを責めないのか?」

「責めるわけない。むしろ、一緒に七大厄災パガヌスと戦おう。俺が復帰したら、魔剣士は八人になる。三百年ぶりの八人だ。アーサー王みたいに七大厄災パガヌスを倒しにいこう」


 少し昔話をすると……。


 初代ミスリルの魔剣士。

 のちのハイランド王国・初代国王アーサー。


 彼は魔剣エクスカリバーを片手に、七人の腹心たちを引き連れて、厄災の王アヴァロンと、その下僕しもべたる七大厄災パガヌスを討ち滅ぼした。


 世界を一周する旅は七年に及んだという。


 この世で最初の英雄譚えいゆうたん

 光と闇の戦いこそ、一千年続く魔剣士の原型オリジンとされている。


「そうこなくっちゃ!」


 笑顔を咲かせたネロが指を鳴らす。


「エリシア嬢が俺たちにとってのアーサー王だしな!」

「そうだな。アーサー王たちは七大厄災パガヌスを一通り倒すのに七年かかった。俺たちなら記録を塗り替えられるかもしれない」

「ナイスアイディア! 三年くらいで制覇しちゃおうぜ!」

「三年か。運にも左右されるな」

「すべての戦いが終わったら、グレイとエリシア嬢の結婚式を挙げるんだよ。このペンドラゴンでな。国民全員で祝うのさ」

「ッ……⁉︎」


 グレイの顔から、ぽん! と湯気が立った。


「あれ? お前ら、ラブラブじゃないの?」

「ケッコン? それって男女が結ばれるやつか?」

「それ以外にないだろう。十年ぶりに感動の再会を果たした師弟なんだぜ。もう行けるところまで行っちゃえよ」

「いや……しかし……」

「相手がエリシア嬢じゃ不満?」

「それはない!」


 渡りに船のようなタイミングで、マスターが飲み物を二つ運んできた。

 一口飲むと口の中で小さな泡がシュワシュワした。


「結婚……俺とエリィが……それはマズいような……」

「もしかして、歳の差を気にしている? でも、九歳差だろう。ちっとも変じゃないよ」

「そうか。九歳差か。最初は十九も離れていたのにな」

「そうそう。神々は二人に味方した」


 戦友はテーブルに片肘かたひじをついてニヤニヤを向けてくる。


「ネロに質問なのだが、エリィは俺のことを好きだと思うか?」


 大真面目に質問したつもりが、返ってきたのは笑い声。


「当たり前のことを質問してんじゃねえぞ」

「人として好きかって意味じゃないぞ。その……あの……」


 異性として好きなのか?

 そう言うグレイの声は小さい。


「あっはっは! 変なの!」

「何がおかしい⁉︎」

「厄災の王たるアヴァロンに立ち向かったくせに、女の子一人の気持ちを確かめるのが怖いのかよ」

「だって、仕方ないだろう!」


 グレイはテーブルを叩き、少年のように口を尖らせる。


「お前なら分かるだろう。エリィは俺にとって特別なんだよ」

「知っているよ。娘みたいな存在なんだろう。でもな、一個だけ言わせてもらうぞ」


 ネロが人差し指を突きつけてくる。


「エリシア嬢はグレイのことを父親とは思っていない。格好いい師匠だと思っている。今でも憧れの存在なんだよ」

「でも、今はエリィの方が強い」

「そりゃ、仕方ないよ。エリシア嬢は最強なのだから」


 向こうが格上。

 なのに憧れる。


 矛盾しているように思うのはグレイだけだろうか。


「もう一個言うと、エリシア嬢はグレイに二回命を救われた。一回目は二人が出会った日。二回目はアヴァロンに襲われた日」


 自分の命を助けてくれた男性とゴールインする。

 ネロいわく、女の子の理想らしい。


「とにか〜く、エリシア嬢の方から求愛してくるかもしれない。せめて答えくらいは用意しておけよ、お師匠さま」

「いやいや、エリィはまだ十八歳なのだが」

「全然おかしくない。結婚しても」

「そうか……」


(まさかネロが密談したがっていたのは、二人の将来に関することか……)


 自分のバカさに嫌気が差す。


「これはオイラが盗み聞きした情報なのだが……。もうすぐ建国祭があるよな。その日、グレイとお出かけしようか、みたいな話をエリシア嬢とレベッカがしていた」

「もしや、デートというやつか?」

「確実に誘われると思う」

「うっ……」

「まさか断ったりしないよな」

「それはない!」


(エリィとデート……いいのか、俺で?)


(向こうは国一番の人気者なのだが……)


 デートシーンを想像したグレイの手に汗が浮いてくる。


「そんなに不安? なら、オイラが告白の練習台になってやろうか」

「何をする気だ⁉︎」


 ネロは胸の前でお祈りポーズを作ると、


『ししょ〜、エリィをお嫁さんにしてください』

『エリィの将来の夢は、ししょ〜の可愛い奥さんになることです』

『子供は……そうですね……ししょ〜は何人欲しいです?』


 耳の奥がとろけそうなセリフをノリノリで並べた。


「エリィの口調を真似るのはやめてくれ!」

「クックック……似てるっしょ」


 首元まで熱くなったグレイは、ジュースを一気飲みしたが、焼け石に水くらいの効果しかなかった。

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