第34話 きれいな花には毒があるらしい

(建国祭の日に師弟デートか)


(ネロが教えてくれて助かった)


 雑踏ざっとうにて。

 ちょっとグレイが目を離した隙に、その事件は起こってしまった。


「お嬢ちゃん、かなりキュートだね」

「楽して稼げる仕事があるけど、興味ない」

「君くらい可愛い子なら、このくらい稼げるよ」

「メイドの仕事をやるより十倍くらい儲かるんじゃないかな」

「家族に楽をさせたいよね」


 ネロがいない⁉︎

 と思ったら、悪い大人にからまれていた。


「え〜? そんなに可愛いですか〜? 久しぶりに褒められちゃいました〜」


 ネロは体をクネクネさせて、満更まんざらでもなさそうな声で言う。


「具体的に、どんなお仕事ですか〜?」

「ちょっと男性の話し相手をするだけだよ」

「そうそう、お酒を注いだり、一緒に歌ったり」

「お客さんを喜ばせると、チップをはずんでもらえる」


 俗にいう夜のお仕事だ。

 もちろん十四歳くらいの女の子を働かせるのは、違法中の違法である。


「でも、オイラって、胸とか無いですし〜。殿方に気に入ってもらえないような……」

「へぇ〜、自分のことをオイラって言うんだ」


 一人が口笛を鳴らす。


「もしかして君、ネロ様のファン? 可愛いね〜。貧乳フェチって知っているかな」


 いやいや、ネロ様本人だよ!

 グレイは内心で突っ込んでおく。


(もしかして、ネロが女装している理由って……)


 ネロには抜群のトーク力がある。

 のらりくらり結論を先延ばしすることで、お店の位置だったり、待遇だったり、サービスの内容を聞き出している。


 グレイは周囲を警戒しつつ、他のチンピラ仲間がいないことを確かめた。


「どう? 一回体験入店してみない?」

「ちゃんと給料は出すからさ」

「どうしよっかな〜」


 ネロは眉を八の字にして、悩ましそうなオーラを出すから、向こうは『押せばイケる』と判断したらしい。


「今回は見学ってことでさ」

「実際に働いている女の子の声を聞いてみなよ」

「これから、ですか?」


 甘い言葉で勧誘しておきながら、徐々にサービスの内容をエスカレートさせていくのが、悪人のやり口と聞いたことがある。


「お金、欲しいよね?」

「ええ、もちろんですよ」

「だったら、話は早いよね」


 一人の手がネロの肩に触れた時、グレイは動いた。


「やめろ! お前たち! その子を離せ!」


 チンピラ連中と近くの通行人がびっくりする。


「グレイ様だ!」

「オリハルコンの魔剣士様だ!」


 男たちが怯んだ隙に、ネロはするりと包囲を抜けた。


「やべぇ!」

「バレちまった!」

「逃げろ! お前たち!」


(させるかよ……)


 グレイは魔法を展開。

 走り出そうとした男らの脚に金属のかせをかけていく。


 五人いたチンピラは派手に転んで、全員が水揚げされた魚みたいにバタバタした。


「これから警察ウィギレスを呼ぶ。詳しい話は屯所で聞かせてもらおうか」


 グレイが胸ぐらをつかむと、男は『ツイてね〜』と言いたげな顔になった。


「グレイ様、助かりました! このご恩は一生忘れません! 実はオイラ、グレイ様の大ファンなのですよ!」


 ネロが白々しい嘘をいたのは言うまでもない。


 ……。

 …………。


「なんだ、お前、おとり捜査のために変装していたのか」

「目的の一つかな。網にかかったらラッキーみたいな」

「ネロのくせに頭脳プレーもできるんだな」

「いやいや……」


 ネロはチッチと指を振る。


「エリシア嬢のアイディアだよ。女の子を強引に勧誘する連中がいるって噂を耳にしたからさ。囮としてオイラ以上の適任者はいないだろう」


 犯罪者グループは複数あるらしい。

 グループ間で『商売道具』の奪い合いに発展することもあるのだとか。


 毒牙にかかった少女の未来は暗い。

『家族に危害を加える』とか脅されて、やりたくない行為まで強要される。


「全然知らなかった」

「昔からある手口だぜ。でも、誰も本格的に解決に乗り出そうとしなかった。そのせいで道を踏み外してしまう若い子もいる。無視できないのが、エリシア嬢なんだよね」


 犯罪の取り締まりは警察ウィギレスの仕事。

 常に人員が足りておらず、小悪党まで手が回らないのが実情だ。


「ネロが正義の手先とはな。格好いいじゃないか」

「まあ、エリシア嬢のこと、好きだし」


 ネロは夕陽を吸った白髪を手でなびかせる。


「あと、手柄を立てるのは純粋に楽しい」


 ネロの言う通りだ。

 二人のコンビネーションは完ぺきだった。


「オイラとグレイを組ませたのも、エリシア嬢がこの展開を見越してのことだぜ」

「全然気づかなかった」

「でしょ〜」


 すっかり上機嫌になったネロの目が、一件の宝飾店を見つける。


「少し寄っていこうぜ」

「キラキラした宝石、俺は興味ないぞ」

「何いってんだよ。優秀な上官へのプレゼントだよ」

「ああ……」


 エリシアの笑顔を想像した瞬間、グレイの足は勝手に動いてしまった。

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