第35話 デート前のプレゼント選び

(アクセサリー屋……ここは新手のダンジョンか)


 グレイは圧倒されていた。


 店内のキラキラ具合。

 しかも買い物客は女性だけ。

 もし一人で来店していたら、三秒で帰っただろう。


 ネロは慣れているのか、スルスルと奥へ進んでいく。


(いいよな……女性の見てくれだから)


 よく見ると廉価れんかなアクセサリーが多い。

 宝石を使ったネックレスもあるが、石が小サイズなので、町娘でも買えちゃうのだ。


(エリィに安物を買い与えてもいいのか?)


(しかし、軍資金が心許こころもとない……)


 ふと横を見ると、ネロはイヤリングを試着している。

 意見を求められたので、


「ああ、似合っているよ」


 と正直に返したら、


「小悪党をとっちめた記念に買っちゃうか。しばらくメイド生活だしな。お洒落しゃれを楽しむのも悪くない」


 といって耳から外した。


「建国祭のデート、エリシア嬢にプレゼントを渡しなよ。好感度が急上昇することけ合いだぜ」

「よく考えてみろ、ネロ。エリィは何でも手に入る。服でも、指輪でも、黄金のスプーンでも。今の俺が買えるアクセサリーをプレゼントしたところで、喜ぶ姿が想像できない」

「忘れたのかよ」


 ネロはネックレスの束に手を通すと、楽器のバーチャイムのようにジャラジャラと鳴らした。


「プレゼントは気持ちが大事。エリシア嬢本人がそう言っただろう」

「言ったな。アヴァロン人形を受け取ってくれた。ニコニコ笑顔で」

「グレイが贈ったら、何でも気に入ってくれると思うけどな」

「そんなものか」

「逆の立場ならどうだ? エリシア嬢からお手頃なプレゼントをもらったら?」


 腕組みして考える。


「内容がなんであれ、俺は喜ぶだろうな」

「だろう」


 友人に背中を押されたグレイは、アクセサリーを何個か手に取った。


(指輪は……サイズが分からない)


(ネックレスかイヤリングが無難なのか?)


(明るい色にしておくか……エリィのほがらかな性格にマッチするだろう)


 グレイは真剣に一個を選ぶ。

 しかし、ネロからダメ出しされてしまう。


「それだと子供っぽく見えちゃう」

「年相応だと思うのだが……マズいか?」

「エリシア嬢は子供と大人の中間だからね。大人に見られたい年頃なんだよ。子供っぽいデザインは、プライドを傷つけるかもしれない。しかも、毎日少しずつ成長している」


 グレイの口から、ほう、と声が出る。


「ネロは独身のくせに、女性の気持ちに詳しいな」

伊達だてに三十七年生きていないのさ」


 メッセージ性が大切。

 むしろ、その一点だけを意識しろ、とネロは言う。


「落ち着いた色がいいね。『エリィも大人の女性に近づいたな』と伝えれば、大喜びされるだろう。これなんかどう?」


 ネロはペンダントをお勧めしてくれた。

 先端のところで黒い石が光っている。

 可愛いというよりクールな一品だ。


「大人の女性って感じだろう。黒だから色んな服に合う。安っぽい感じもしない。作りもしっかりしているから、簡単には壊れないだろう」

「エリィの白い肌にも映えそうだ」

「そうそう」


 エリシアが身につけた姿を想像してみる。

 グレイの頬っぺたが熱くなる。


「よし、決めた。これにする」


 プレゼント選びは楽しいものだと、生まれて初めて知った。


「お会計はオイラが一緒にしといてやるよ」


 グレイは先に店から出た。

 無骨な魔剣士がアクセサリー屋に来ると思わないのか、誰もグレイの存在に気づかない。


「お待たせ。ほらよ、失くすなよ」

「一緒に選んでくれてありがとな、ネロ。俺一人だと永久に決められなかった。というか、店に入れなかった」

「何だよ、水臭いな。オイラとグレイの仲だろう」


 ひじでグリグリされる。


「なあ、グレイ……」

「ん?」


 グレイは歩くスピードを落とす。

 ネロにしては珍しくバツが悪い顔を向けてくる。


「建国祭のデート、上手くいくといいな。当たり前のことだから、くぎを刺しておくべきか迷ったけれども、そのペンダント、オイラが選んだってエリシア嬢には絶対言うなよ。分かったか?」


 グレイは黙って頷いた。


 でも、ネロが本当に伝えたかったのは、別のことだと思った。

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