第199話 外堀から埋めようって作戦
潜入ミッションも残り二日となった。
この時期になると顔と名前が一致してきて、ファクトリーを去ることに
マーリンは一日一回くらい問題を起こしている。
今朝だって寝ぼけてエリシアを探して、ウィンディを大慌てさせた。
「落ち着いて。ここはジューロンだから」
「はっ⁉︎ アホの子になっていたのです!」
ホームシックが表面化してきたらしい。
むしろエリシアがいない状態で一週間耐えたことを褒めるべきだろう。
(エリシア様もマーリンがいなくて寂しいんだろうな……)
エリシアはおしゃべり好きで、一人の時間が苦手なのだと、グレイから教えてもらった記憶がある。
午前中はいつも通り魔石を育てた。
この仕事の辛いところは座りっぱなしの姿勢であり、途中で休憩を挟まないと腰が悲鳴を上げてしまう。
隣のテーブルの子が寝落ちしている。
監督官のオリーブがやってきて、周りが起こしてあげるという一幕があった。
「コルトとアーシアに話があります。私についてきてください」
二人は顔を見合わせた後、魔石をその場に置いて席を外した。
オリーブが子供を呼び出すことは過去にもあったので、特段珍しいシーンというわけではない。
(あの二人に限って叱責を受けることはないと思うけれども……)
気になったウィンディは一芝居打つことにした。
「イテテテテッ!」とお腹を押さえて椅子からずり落ちたのである。
青ざめたマーリンが心配してくれる。
「食あたりかも」
「大変です! すぐに医務室へ連れて行かないと!」
見張り役のスタッフに許可をもらって一号棟を出た。
「どの辺りが痛むのですか?」
「平気だよ。どこも痛くないよ」
ウィンディの演技だと知ったマーリンは目を丸くする。
「コルトとアーシアのことが気になって病人のフリをしたのですか?」
「そうだよ。緊急の用件みたいだったし」
「仮病だってバレたら叱られますよ」
「別にいい。明日には出ていく」
とりあえず物陰に隠れる。
「なんでコルトとアーシアは呼び出されたと思う?」
「見当もつきませんが……」
「バレたんじゃないかな。私たちが中央の回し者って」
「ッ……⁉︎」
マーリンが再び青ざめる。
「いつバレたのですか⁉︎」
「まだバレたと決まったわけじゃない。でも、怪しまれたとしたら、まずコルトとアーシアが呼び出されると思うの。ルームメイトについて、気になった点はないか質問する。ほら、私もマーリンも浮いた存在だし」
特にマーリン。
平民特有の野暮ったさがない。
食事の仕方もお行儀がいいし、言葉遣いも丁寧だから『魔剣士の関係者なのでは?』と疑われても仕方ない。
「ど……ど……どうしましょう⁉︎ 大人にバレたら軟禁されますかね⁉︎」
「それはないと思うけれども……」
ジューロンのファクトリーは健全に運営されている。
ボルドーやオリーブの評判だって悪くない。
「とりあえずコルトとアーシアを探そっか。心当たりならある」
ウィンディが目指したのはボルドーの執務室だった。
建物の二階にある。
正面から入るのは無理だが、窓の向こう側に大きな木が立っている。
まずはウィンディが木に登った。
続いてマーリンを引っ張り上げる。
「ウィンディの読み通りなのです」
ボルドーは窓に背中を向けて立っている。
向かい合うようにコルトとアーシアがおり、それを横からオリーブが見守っている。
アーシアはほとんど無表情だが、コルトは軽いショックを受けている様子だった。
(やっぱり私たちが王都の回し者ってバレたんだな……コルトはお利口さんだから驚く演技をしてくれているのか……)
見つからない内に一号棟へ戻っておいた。
五日間も正体を隠せたのなら上出来だろう。
……。
…………。
その後、コルトとアーシアは帰ってこなかった。
いつもは四人で夕食を食べているけれども、この日はウィンディとマーリンの二人で食べた。
コルトとアーシアのことは全員が気にかけていた。
二人の居場所をウィンディたちに教えてくれたのはオリーブだった。
「急な話ですが、コルトとアーシアは別のファクトリーへ移籍することになりました。働き手の不足しているファクトリーがあって、ジューロンから実績のある若手二名を送ることになったのです」
正式なアナウンスは明日らしい。
「どこのファクトリーなのですか?」
地名を告げられたが、ウィンディの知らない土地だった。
「お別れの挨拶もできないなんて」
「すみません、急でしたので……。短い間だったけれども楽しかった、と二人は言っていました」
部屋に戻ってみる。
オリーブの言った通り、コルトとアーシアの荷物はきれいに消えていた。
置き手紙がないか探してみたが、それらしき物はなかった。
「マーリンはどう思う?」
「急なお別れなので寂しいのです」
「そうじゃなくて……考えたくないけれども……」
ファクトリーがコルトとアーシアを隠したのではないだろうか。
「移籍の話が本当か嘘かは分からない。でも、普通はお別れ会をするでしょう。それに伝言だって変だよ」
二人と約束した。
魔剣士ジャスティスに会ったら、弟子入りできないかお願いしてみるって。
この件について一言も触れていないのは変だ。
「私たちの正体がバレて、外堀から埋めようって作戦でしょうか。コルトとアーシアは協力者でしたから」
「その可能性はある。いずれにしても秘密にしておきたい何かがあると思う」
ウィンディは自分の荷物を広げて、愛用している剣が紛失していないことを確かめた。
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