第4話 生涯最大の敵は女弟子

「大丈夫だ。ローハン、君が居ない間は私が変わりを引き受けよう」

「すみません。数ヶ月程で戻りますんで」


 オレはオリバさんと村長にカイルと村を離れる旨を説明した。

 皆は、快く快諾してくれて、オレが戻るまでは村全体で持ち回りをしてくれるとのこと。

 今の今まで培った信頼の賜物を感じ取れる。あぁ~この信頼関係が心地良いぃ~。


「じゃあ、ばあちゃん行ってくるよ!」

「気をつけてね」

「うん」


 カイルはクルスさんと抱き合い、絶対に戻ってこいよ! と村の男どもから言われて、おう! と昔の様に返事をしていた。


「行ってきまーす!」


 見送る皆に手を振ってオレとカイルの旅路がスタート。よく考えればカイルと遠出するのは初めてかもしれない。


「おっさんも旅出来るんだな」

「ナメんなよ。クランじゃオレの役割は依頼の下調べだったんだぜ?」

「へー」

「単身で色んな所に行って、情報を持ち帰るんだ。無人島に放り込まれてもナイフ一本あれば生き残れるぜ!」

「それは嘘くさい」


 まぁ、そんな事は無い方が良いのだが、この旅で剣の実力だけではないオレの経験を見せつけるとしますかね!






 と、言っても人が多く通る道を歩くので、魔物やトラブルなんて起こらない。

 時折通過する馬車はこの辺りの領地を巡回する定期便だ。最寄の発着所にいれば定員オーバーでない限りは乗車賃だけで終電まで乗り放題である。


「おっさん! 早く早く!」

「タイミング良いのか悪いのかわからないな、おい!」


 発着所には街へ出発間際の馬車が一台止まっていた。

 オレとカイルは駆け込むように運転手に乗車賃を渡すと屋根付きの荷台に乗り込む。


「間に合ったぁ」

「そそっかしいヤツめ。別に次のでも良かっただろ」

「いやー、イケるって思ったら勝手に走ってたんだよ」


 やれやれ。身体は女らしくなっても中身は昔のまんまか。もうちょっと自覚して欲しいぜ。お前は走ると色々と揺れるんだよ!


 出発した馬車は乗り心地はかなり悪い。整備された道路なんてあって無いようなモノなので、大きく跳ねたり揺れたりする度に、


「あ、悪りぃ」

「……」


 カイルは思いっきり倒れて来るのだ。色々と柔らかい感覚がオレの煩悩を刺激しやがる。ふー、どうやら馬車は悪手だったようだな!


「おっさん。さっきからどうした? 緊張してるみたいだけど。ははん。さては馬車苦手だな?」


 マウントを取れると踏んだカイルは笑いながらオレを見る。


「まぁ……今は苦手だな」

「おっさんでも苦手な事があるんだな。そうだ。揺れるのが怖いなら密着しててやるよ。そうすれば少しは楽に――」

「この距離で大丈夫だからっ!」

「お、おう……」


 ホントに勘弁して……






 おっさん。俺の事、そんな眼で見てたのかよ。

 ローハン。見損なったよ。

 ローハンさん、孫の事をそんな風に思ってたなんて……


「ハッ!」


 オレは悪夢から目を覚ました。

 積み上げた平穏と信頼がカイルに手を出しただけで全て失う悪夢を。

 ……どうやら相当に過酷な旅路になりそうだ。だが、オレは生き残って見せるぞ! そうだ! カイルの事は男だと思えばいい! パットを入れた男だ! そう思えば全部解決じゃないか! ナイス名案!


「うぅん……おっさん」


 真横でカイルの声。寄りかかって眠ってやがる。だが、無意味だ。お前はパットだパット! 入れ乳しやがってこの――


「…………」


 オレの腕をホールドするように谷間に挟んでやがる……それは偽乳とは比べ物にならない程の柔らかさが――


「ちくしょう……」


 ダメだ。物理的に距離を取ることにしよう。コイツは女だ。認める。良い女だ! クソァ! オレの生涯において最大の敵がお前になるとは……

 その時、馬車が大きく揺れた。それは急停止に近い衝撃。外が騒がしいが、オレはカイルとの密着面積が増えてそれどころじゃねぇ!


「う……な、なんだよ」


 不機嫌そうにカイルが目を覚ます。オレはこの柔らかい生き物の取り扱いに必死だった。

 すると、荷台の入り口がバサッと開く。


「全員出ろ!」


 開いたのは覆面の男。どう見ても強盗です。街道の馬車を狙うとは……それなりにヤバイ奴らか。


「なんだ? アイツ」


 カイルはオレに密着したまま、もぞもぞ動く。こっちも色々ヤバイ……


「カイル! やっちゃいなさい!」

「おっしゃあ!」


 他の客の悲鳴に混じってオレはカイルに指示を出す。カイルは意気揚々と入り口を開けた強盗の顔面に蹴りを入れて、その勢いのままに外へ飛び出した。

 やっと離れてくれた……






 街道の馬車を狙う強盗団『ポマード』はこの道十年のベテランである。

 サッと襲い、サッと引き上げる。

 基本的には一人か二人をサッと殺して、恐怖による支配からサッと金品を巻き上げる。

 余計な事はしない。何かしらのイレギュラーが発生した際にはサッと撤退する事を徹底していた。


「全員出ろ!」


 この馬車に乗る客は殆どが市民で、飛び込みで剣を持った奴が二人乗ったが何も問題はない。

 しかも、その内の一人は女。もう一人は中年の男だが、ずっと女相手に四苦八苦している。おそらく雑魚だ。

 この情報は馬車に乗客として潜り込ませた仲間からのリークである。つまり、格好の餌馬車だ。

 馬車を発進させない様にサッと運転手を殺し、手綱を握る。しかし、念には念を入れて十人で襲撃。今日もノルマの為にサッと頑張るぞ!


「おらぁ!」


 その時、女が荷台から飛び出してきた。仲間の顔面に蹴りを入れて、そのまま外に着地する。


「うわめっちゃ居る」


 例の女剣士だった。腰には二本の剣を持って現れ、その内の一つは相当に値が張りそうな宝剣だ。間違いねぇ、アレは今季一番のお宝だぜ!


「カイルよ~、一人でやれるか~?」

「ヨユーヨユー。おっさんは見ててくれよな!」


 フッ、可愛い女だ。こちらは騎兵十人だぞ? 歩の剣士ではまず剣が届かんだろうに。


「よっと」


 すると、近くにいた仲間の一人が馬ごと両断された。明らかに間合いの外。振り抜いた剣は普通の剣で宝剣の方じゃない。


「馬ってさ、咄嗟に後退出来ないんだぜ?」


 そう言いながら女が動く。風のように流れて、仲間をモブのように切り捨てて行く。よし、退却! サッと退却だぁ!


「よっ!」


 退却の笛を吹こうとしたオレの身体に女の投げた剣が突き刺さる。

 ぐ……ぐぇ……サッと行かない……下調べ……大事……


 俺は落馬し、女が残りの仲間を全て切り捨てる様が最後の光景だった。






「よく見てるな」


 オレは成長したカイルの実戦を観戦させて貰った。

 馬と言う生物の構造的な弱点を的確に突いた動き。そして、相手の間をすり抜ける様に動く事で同士討ちを恐れて相手は攻撃出来ないのだ。

 カイルから見れば相手は棒立ちだっただろう。


「よし。どうだ? おっさん。俺は強くなっただろ?」


 荷台から覗くオレに、褒めて欲しそうな眼を向けてくる。


「ああ、そうだな。オレの三十分の一くらいの実力にはなったな」

「んだよそれー」


 オレは魔法で周囲を索敵するが襲撃チームは全滅していた。恐ろしい子だよ。一人も逃がさずに仕留めるとは。


「て、事だ。今、逃げるなら見逃すぜ?」


 調査をしていた者として、乗客に強盗のメンバーが乗っているのは見切っていた。

 なんで追い出さなかったって? 女弟子のポヨンポヨンでそれどころじゃなかったんだよ!


 乗客に扮していた強盗の一人は、荷台から転げ落ちる様に逃げ出した。カイルも逃げるヤツを斬ろうとは思わず、そのまま見送る。


「下調べは大事だよな」


 ワンミスで死ぬシビアな世界で生きてる者として来世ではもっと慎重にな、強盗諸君。


 その後はオレが馬車を動かし、カイルは荷台で英雄扱い。誉めちぎられて、たじたじしている様を窓から見るのは中々に面白かった。


 そして、日が落ちた頃に馬車は港町に到着した。

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