第268話 プランBの最終盤面

「やっと帰ったか」


 オレは『土坂』に『土魔法』を作用させ、クロエの退却を促した。アイツの弱点は物理的な拘束なのである。

 一定の広さを要する空間に剣や『音魔法』で壊せない壁にて閉じ込める事で遠隔から無力化する事は可能。

 無論、クロエはそうならない様に常に警戒しているが、今回はソレを利用して上手く退かせる事が出来たな。て言うか、本気で突破して来ようとしやがってよ。まったく……


『一瞬でこんな事を……凄いです』

「リース、おっさんはこんなモンじゃねぞ! それよりもクロエさんはよかったの?」

「アイツは勝手に空気を読んで動いてくれる。今のところは疑われて無いみたいだし、ギリギリまでスパイやっててもらう」


 『土坂』を封鎖するように『土壁』を展開。更に地形に凹凸も作り、騎馬での侵入をやりづらくする。


『でも、壁で道を塞いで良かったんですか? 一度しか作用出来ないのでしょう?』


 カイルが目の前にそびえ立つ『土壁』を、高けー、と見上げる様子を見ながらリースが聞いてくる。


 この『土坂』には『陽気』がふんだんに含まれているが『魔力』はそれほど多くはない。その為『土魔法』に変換できる分の魔力はせいぜい一回分。総量が決まってる事もあり、大きく発動すれば後は小分けでしか使うしかなくなる。


「餌は撒いた。後は『土坂』を避けて『ビリジアル密林』を抜けるリスクを【夜王】がどう考えるかだ」


 【夜王】は元ナイト領の領主。この辺り一帯が夜になったとは言え『ビリジアル密林』の危険性は把握しているハズ。

 こっちも仕込みはしているし、さて――


「こっからは【夜王】を引っ張り出すまで白兵戦だ。期待してるぜ」

「おう! 任せてくれよ! 【夜王】は俺が斬るぜ!」


 かかってこーい! とカイルは『土壁』に向かって両手を上げて叫ぶ。

 敵の戦力を削ぎ続ければ【夜王】が前に出ざる得ない。そこを『三陽士』と『星の探索者クランメンバー』で囲んでタコ殴りにする。それで拘束して“不死”を解除する流れだ。


「それまで、オレ達はなるべく消耗を抑える方向で行く。お前も息切れしないように気を付けておけよ?」

「とにかく目の前の奴をぶった斬れば【夜王】が出てくるんだろ? なら問題無しだ!」


 うーむ。カイルにも作戦は説明したのだが……中々に脳みそに積まってくれないなぁ。


『私は指示があるまで待機してますね』

「ああ。暫くは休んでて良いぞ」


 ちなみにリースには上空から戦場全体を見てもらっており『音魔法』で逐一情報をもらってる。

 いやー、敵の動きがわかるってめっちゃ楽だわ。相手は平面からしか戦場が見えないが、こっちは盤面の上から的確に味方を動かせる。おかげで少人数でも立ち向かえるのだ。

 リースは店長に作ってもらったミニベルトに小型の水筒を吊っており、ソレをちゅーちゅー飲む(一回分)。


「この戦争は今日中に決着が着く」






 クロエの撃退。それは『太陽の民』にとっては大きな意味を持つ。しかも、ソレを成したのが、比較的に若い『戦士』の二人である事も大きい。


「やったな、アーシカ」

「あの【水面剣士】に一発決めたのはスカッとしたよ、ミタリ」


 この場に居る『戦士』達は里を襲撃したクロエに一度、打ち負かされている事もあって、その借りを返すのは全員の思いだった。

 皆が称賛する一方、アーシカは素直に喜べなかった。


「自分の力だと言いたいところだけど……」

「ローハンさんの助言が無ければ私たちでは巫女様を護りきれなかったわ」


 場の面子は戦争前にクロエ対策をローハンからレクチャーされていた。しかし、クロエの動きを100%見切る事は不可能で、良くても50%と言う事までであったのだ。


「【水面剣士】の意識は少し散漫だった」

「常に周囲にも気を配ってる様子で、100%の意識を私達に向けなかったわ」


 オレが60%くらいは引き上げられる。


 ローハンが何かしらの援護をしてくれていた事をアーシカとミタリは感じていた。

 もしも、クロエの100%の意識が自分達に向いていたら同じ様に撃退出来ただろうか?

 その結末は……武器を破壊されたクロエが手刀を作った時の“気迫”が答えだ。


「【水面剣士】には、まだ個では勝てないってはっきりした。けど……ミタリ……皆が居れば勝てる!」


 アーシカは確かに感じた手応えに拳を握りつつ思ったことを口にする。


「なに言ってんだ。当たり前だろうが!」

「お前、負けると思ってたのか?」

「巫女様の前でなんて事を言いやがる!」

「良い笑顔で恥ずかしい事を言いやがってよ!」

「さっさとミタリと結婚しろ! フラグ立てて死ね!」

「今後のラブ連携に期待~」


 などと、からかい状態になりミタリは顔を赤くして眼を伏せ、アーシカは、え、いや、う……と口淀む。


「まったく……緊張感が無い」

「ふふ」


 ゼフィラは額に手を当てた。

 夜に包まれ、壁を一つ挟んだ向こう側には『太陽の民』を排除しようと構える『夜軍』が居ると言うのに……


「この独特の雰囲気も“彼”が居る故の安心感なのでしょうね」


 ソニラは壁際でカイルとリースと会話をしているローハンを見た。


「巫女様。ローハンの言っていたことは本当だと思いますか?」


 ゼフィラの言葉にソニラは作戦の全容を大まかに説明された時の事を思い出す。


“プランBの最終盤面は『三陽士』と『星の探索者オレたち』による【夜王】の討伐だ。無論、それにはシヴァの奴も含まれてる”


「……ええ。可能性は低くない。その証拠に【極光波】の『恩寵』はまだ私の元に戻ってきて無いのだから」


 ソニラは次に自分がやるべき行動の為にゼフィラと共に一旦、場を離れた。

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