第142話 世界、滅んでないわよ

 『星の探索者』のベースキャンプでは、遺跡都市を発つ事に向けて荷物の整理や物資の割り出しなどが行われていた。


「もうだいぶ、月の魔力を掴んで来たわねね。レイモンド」

「はい。こうやって実際に新しい試みをやってみると、いかに自分が今まで能力を余らせていたかを実感してます」


 クロエはレイモンドへのレクチャーはそろそろ必要ないと感じて微笑む。


「ローハンの心配性に巻き込んでしまってごめんなさいね」

「いえ、とてもいい勉強になりました」


 レイモンドは改めて、父――レイザックの強さを実感していた。レイミーがコレを覚えると大変な事にもなるなぁ、とも。


「……ローハンさんの話を聞いてから、ふと思う事があるんです。もし、クロウさんやローハンさんが『星の探索者』を去らなかったら僕は今頃、どんな人生を送ってたんだろうって」


 レイモンドは昼間の空を見上げて、まだ見えない月を感じる。きっと、マスターに誘われる事は無かっただろう、と。


「同じよ」

「え?」

「きっとマスターは貴方の事を誘っていたわ。目が見えない私でも解るもの」


 クロエは撫でる様にレイモンドの頭へ優しく手を乗せる。


「レイモンドは冒険を楽しんでたから」


 旅先で冷静を装っていても、知らないモノを見る度に一喜一憂するレイモンドの雰囲気をクロエは感じ取っていた。

 それがクロウと重なり、接する内に少しずつ自分も救われていた事も。


「ほ、僕は……『ターミナル』を出たかっただけですよ……」


 レイモンドは恥ずかしそうに顔を背けるが、払い除ける様な仕草は無かった。


「……クロエさん。もう勘弁して貰えませんか?」

「あら。ごめんなさい」


 パッ、とクロエはレイモンドから手を離す。レイモンドからすればクロエは雲の上の存在だった。

 【水面剣士】は『ターミナル』でも最上位に位置し、話しかける事さえも憚られる。『星の探索者』に入らなければ、こうして話す事も無かっただろう。


「ローハンさんは、やっぱり帰るんですかね」

「ええ、彼は帰るでしょうね。昔から、何か一つをやり遂げると決めたら絶対に曲げない人だから」


 その様にローハンの事を語る時のクロエは何よりも嬉しそうだった。






「ボルック、ちょっといい? って、スメラギもどうしたの?」


 ボルックのテントに声をかけたサリアは、中で話していたスメラギの姿も確認した。


『サリア、どうした?』

「ああ、良いわよ。そっちの話が終わってからで」

「ふむ、ではサリア殿にも聞いて貰うとするか」

「何の話?」

『マスターが『遺跡』に関する資料を纏めた』


 ボルックはデータベースから今回の“探索”で得た情報を記録している最中だった。

 展開されていたので、サリアもそれを覗き見る。


「『遺跡』は装置と祭壇……か。“願いを叶える珠”が他のアーティファクトと実用性が違うのはそう言う事なのね」


 直接的な能力を何も持たない“珠”が、何故生まれるのか。何故願いが叶うのか。こればかりは、願いが叶う瞬間に立ち会わなければ解らなかっただろう。


「じゃあ、アタシ達が来たのはタイミング的には一番良かったワケね」

『そうとも言えない。スメラギが気になる情報を持って来た』

「まだ何かあるの?」


 スメラギは、ドンッ! と腕を組んで直立不動で二人に告げる。


主様マイマスターの為に“珠”に関する情報を遺跡都市で集めている時に聞いたのだ。珠は昔、願いを叶えたことがある、と」

「? そりゃそうでしょ。じゃなきゃ、誰も“珠が願いを叶える”なんて言わないわ」


 誰かが叶えたからこそ、その話が伝わったのだ。何もおかしな事はない。


「その内容が少々物騒でな。一つ前の願いは『世界を滅ぼせ』と願ったと聞いた」

「はぁ? 世界、滅んでないわよ」


 突拍子のない話にサリアは眉を潜める。


『サリア、君の疑問は最もだ。そこでスメラギに遺跡都市と他の港街の間にある荒れ地の土を持ってきてもらい調査をした。僅かだが『遺跡』から漏れ出る別世界のエネルギーを検知した』

「それって何か変な事があるの?」


 サリアにはボルックとスメラギの言いたいことが解らない。ボルックは事の重要性を改めて説明する。


『このエネルギーは本来なら『遺跡』から僅かに漏れ出る程度で土壌に染み込む程、濃度も出力も高くない。故に土壌から検知出来る事がおかしいのだ』

「加えて某が遺跡都市周辺を飛び回って調べた所、過去に国家の痕跡を確認した。つまり」

「この地域には国があったってこと?」


 ボルックは遺跡都市の周辺地方の地図を映像で出す。

 遺跡都市から港街への方角は不自然な程に広大な荒れ地だった。


『当時の『世界を滅ぼす』と言う願いを“珠”は聞き入れた。そして、ソレ・・が出てきた』

「この広大な荒れ地は恐らく……戦闘跡であろう」

「ちょ、ちょっと待ってよ。前提がおかしいわ。さっきも言ったけど、世界を滅ぼす程の“ナニか”が出てきたんだったら、何で噂の一つも残ってないのよ」


 国一つが地域ごと吹き飛んだのであれば、何らかの伝承が残ってるハズだ。


『正確には残らなかったのだろう。今、港街付近は栄えているが、当時はあちらまで完全な更地だったハズだ』

「……大陸の山を挟んでこっち側が全部吹き飛んだってこと?」

「国境近辺の古住民に聞けば何かしらの情報は得られよう。流石に某でも、この短時間でそこまで調べて足を運べなかったが」

「じゃあ、次の質問よ。その現れた『世界を滅ぼすナニか』と戦ったのは誰? どうやって倒したの?」

『それも答えが――』


 すると、土壌の更なる検査が終了する。ボルックはそれを直接受け取り先に認識した。


『……』

「ボルック、何を検査したの?」

『土壌に残る魔力から、有力なモノと一致するかを検証した』

「結果はどうだ?」


 ボルックはサリアとスメラギにも見える様に立体映像で場に結果を表示する。


“【創生の土】【始まりの火】【呼び水】【星の金属】【原始の木】の魔力を検知”


「……『創世の神秘』が総出でいくさを行ったのか?」


 結果を見たスメラギは、忍……と驚愕する。


『マスターは今回の件に関して何かを知っている』

「マスターはどこ? それかローハンは?」


 眷属であるローハンは何か知っているのかもしれない。そうじゃなくても『原始の木』にアクセスし、記録を確認してもらう事は出来る。


主様マイマスターは『遺跡』内部へ参られた。去る故に挨拶をすると言ってな」

『ローハンはカイルと買い出しだ。しばらくすれば戻ってくると思うが』


 前の願いである『世界を滅ぼせ』はまだ達成されてない。

 サリアはザワザワとした悪寒を背中に感じ始めた。

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