第143話 世界を滅ぼしましょう

「ほうかー、もう去るんがかー」

「淋しくなります」


 ゼウスは『遺跡』内部の上層が“冬”である事を見ると半ば賭けのつもりで中へ入った。

 すると、運良くタルタスとサリーの居るイエティーの世界へと訪れる事が出来たのである。雪解けの森を歩いて行くと、川辺で仲良く釣りをしている二人を見つけた。


「タルタス、サリー。貴方達にはわたくしの家族が助けられたわ。本当にありがとう」


 タルタスの肩に座るゼウスは対比からまるで小人と巨人。それでも楽しげに会話を続ける。


にずんなー、ゼブス。家族がぞぐが助けられたん、ごっちが先だー」

「ゼウスさんのおかげでもうすっかり良くなりました」


 サリーは風邪も治り、何かと居着く様になった『氷嵐鳥』の為に中層への階段を避ける様に巨城の屋根部に巣を作ってあげていた。


「それなら良かったわ。貴方達の事が心残りだったから」


 そう告げるゼウスに、タルタスも歯を見せて笑い、サリーも口許を抑えて微笑む。


「ごれでお別れがー、ゼブス」

「そうね。次に遺跡都市に来たときにこの世界に来ても貴方達に会えるとは限らないから」


 でも、とゼウスは続ける。


「この絆は消えない。わたくし達じゃなくてもわたくしを知る誰かが、貴方達と出会う。その時は力を貸して上げてね」

「もちろんだー。ちっごい椅子いずや寝床用意しとぐだー」

「あら。そんな大きな手で? 器用なのね」

「夫の本業は職人なんです。この地に居るのも材料の木材が手に入りやすいからでして」

「新事実ね」


 タルタスの職業に感嘆するゼウスはコロン、と笑う。すると、タルタスは何かを思い出した様に、


「ぞーだー。ゼブスが来たどぎわだす物があったでよー。ちょっと取って来んべー」


 とタルタスは釣竿とゼウスをサリーに任せると巨城へずんずん、と歩いて行った。

 そんな夫の様子を微笑ましく見るサリーは、楽しみに待つゼウスに問う。


「ゼウスさんは次にどちらへ?」

「そうね。次は――」


 ゼウスは自身の手の平を見る。かつて兄たちと兄妹となった時に傷つけた傷は当の昔に消えてしまったが、心に残る絆は確かに感じている。


「家族みんなが、最後に笑って発てる。そんな神秘を探索に行くわ」






 遺跡都市から少し離れた場所に設けられたベースキャンプは『ギリス』の紋章が入ったテントで形成されている。

 そこへ、空挺ではなく馬で現れたジャンヌ、ジルドレ、レクスは一番大きな天幕の前に立つ。すると、入室を拒む様に見張りの兵士二人が槍を交差させて侵入を遮った。


「『ギリス王国第五騎士中隊』統括隊長のジャンヌです! 以下、ジルドレ中佐、レクス少佐の入室の許可を!」

“入りなさい”

「ハッ!」


 中からの許可に兵士は槍を引くとジャンヌは天幕を開ける。ジルドレとレクスもその後に続いた。


 中には『ギリス』の貴族界隈の中でもトップの席に座る、ロードス卿が鎮座していた。

 ロードス卿は『ギリス』では国王でさえ無視できない発言力を持つ程の老貴族である。

 その脇には彼の付き人が横に座っていた。


「此度はご足労をかけてしまい、申し訳ありません!」

「これは問題だぞ、ジャンヌ大佐! ロードス卿をこんな荒れ地へ呼び出すとは! 死んだ部隊ならば何をしても許されると思っているのか!?」


 部下がジャンヌに捲し立てる。ロードスはジャンヌの失われた片腕を見た。


「申し訳ありません! しかし、珠の効果を考えるに、『遺跡』近辺に赴いて頂いた方が理になると考えての事です!」

「ふんっ! この件に価値を見出だせなければ貴様は斬首だ!」

「黙れ、マイルズ」


 勝手に話を進めようとした部下――マイルズを諌めるロードス卿の声は誰よりも低く、威厳のある声色をしていた。


「ジャンヌ大佐はわれら祖国ギリスの為に最前線で戦っていたのだ。お前に片腕を失ってまで戦い続ける事が出来るか? もしも、大佐を斬首すると言うのなら、お前は今すぐ『グリーズアッシュ砦』をロルマから奪って見るが良い」

「……す、すみません……」

「全員、テントを出ろ。大佐と二人で話をしたい」

「! 死兵とお二人で!? なりません! それだけは――」

「マイルズ、二度は言わせるな」

「…………」


 マイルズは渋々立ち上がるとテントを出る。ジャンヌもジルドレとレクスに外で待機する様に告げ、下がらせた。


「ジャンヌ大佐。細かいことは言わん。ワシがここに来た理由は二つだ」


 ロードスは一つの勲章をジャンヌの前に出す。


「『三英雄勲章』。コレをお前に渡す様にと陛下から預かってきた。つい最近まで、陛下とワシはお前達が全滅したモノだと思っていたのだ。何度も通知を寄越したようだが、全て揉み消されておったようだ。この十数年、本当によく生きててくれた」


 遺跡都市の“願いを叶える珠”を手に入れた。

 その報を聞いた『ギリス』上層部は流石にジャンヌ達の事を隠蔽しきれずに国王に報告せざる得なかったのだ。そして、ロードス卿が名乗りを上げ、ジャンヌ達と対面する事にしたのである。


「陛下とロードス卿に落ち度はありません。むしろ、寛容な待遇をして頂き、ありがとうございます」

祖国ギリスへ戻れ。陛下はお前の事をずっと気にかけてたのだ。お前達は“生還”した」

「――はい」


 ジャンヌは深々と頭を下げた。ようやく……皆帰れる。


「して、次はそちらから提出してもらう。“願いを叶える三つの珠”。出してもらおう」

「ハッ!」


 ジャンヌは布にくるみ、腰のポーチに入れていた珠を取り出すと、近くのテーブルに寄りロードス卿の前に丁寧に置いた。


「……これがそうなのか?」


 色の消えた“珠”を見てロードス卿は少し首をひねる。


「【千年公】ゼウス・オリンのお墨付きです」

「ゼウス先生が居るのか?」

「はい。まだ、遺跡都市に滞在しているかと。お連れ致しましょうか?」

「……いや、ソレには及ばん。これに言葉を放てば願いが叶うのだな?」

「我々の情報では間違いありません。しかし、願いが叶ったのは今から遥かな太古。詳細な記録までは調べきれませんでしたが……」

「……お前も下がれ。少し考え事をする」

「ハッ!」


 ジャンヌは『三英雄勲章』の入った箱を閉じると敬礼をして場を後にした。






「…………願いが叶う……か」


 ロードスは珠を見て感じる。

 コレに願いを叶える力などありはしない。やはり、伝説は伝説。一言語れば、ソレが叶うなど現実にありえない。


「やはり、勝利は己の手で掴ねばならぬか」


 ギリスの敵を殲滅せよ。

 叶うならばロードスが“珠”へ告げる願いだった。


“その願い、私が叶えましょう”

「! 誰だ?」


 頭の中に直接響いた声にロードスは辺りを見回す。すると、“三つの珠”にはいつの間にか淡い光が宿っており、目の前に一人の女が立っていた。


「私の名前はリースと申します。この“珠”に宿る精霊です」

「精霊……」

「はい。あなた様の願い、確かに聞き届けました」

「……これで本当に願いが叶うのか? こんな単純な事で?」

「もちろんです。それでは願い通り――」


 リースは口元がつり上がると割けんばかりの異質な笑みを浮かべてロードスを見た。


「世界を滅ぼしましょう」






 ロードスのテントから大きな光の柱が上がる。

 何事かと、場の全員が視線を向けたが、光は次第に広がる様に地方全域を通り抜けた。

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