第141話 れぎるす欲しい!

 大雨の夜。まだ『遺跡』の周辺に街が無かった頃に、三つの“珠”が揃った時代があった。


「ハァ……ハァ……」


 血と泥の中で馬が駆ける。“願いを叶える三つ珠”を懐に抱えた男は『遺跡』を目指していた。

 その背には矢が刺さり、脇腹からは流れる血が止まらない。背後から追走する敵馬からは明確な敵意と矢が向けられる。


「絶対……絶対に……この“願い”だけは――」


 意識も朦朧とする中、何とか気力を振り絞り操馬する。男は“珠”の事を伝承ともに見守ってきた一族だった。しかし、その噂を聞き付けた貴族達により、襲撃され家族は離れ離れになった。


 その時、馬に矢が刺さった。痛みから馬は大きく跳ね、雨でぬかるんだ地面だった故に滑り転倒。男も落馬し、懐から“珠”が転がる。


「くっ……」


 男は這いつくばりながら、転がった“三つの珠”を見ると手を伸ばし――

 上から背中を踏みつけられて、ぐぅ!? と息を吐き、動きを止められた。


「なぁ? お前はこんな宝石に願いを叶える力があると本気で信じているのか?」


 男を踏みつける者が他の部下と共に嘲笑するように見下ろす。


「そんな事で願いが叶ったら。それ程楽な事は無いぜ。なあ? お前ら!」


 ハハハ。と、雨の中で演説するような声に集まった部下達の同調する笑い声が響く。


「それとお前の娘いたじゃん? 欲しがってた貴族様がいてよ。良い値で売れたぜ。お前の背中に刺さってる矢はその金で買った矢だ! なんて親不孝な娘なんだっ!」

「貴様……」

「そんでお前は、貴族様の屋敷から“コレ”を盗んで、眉唾な伝説を信じて泥んこ合戦だ。子供かよっ!」

「黙れ……」

「おっと、そういや。その娘は貴族が遊んでたら死んだって言ってたぞ。愛犬に追いかけさせてそのまま、ガブリ。愛犬に良い経験を積ませられたと、俺たち誉められちゃった。教えてあげる俺、優しいだろぅ?」

「…………知ってたさ」

「あん?」


 落ちた“珠”が淡い光を放ち出す。


「……リースが死んだ事も……お前らはクズだってことも……そして――」


 男は“珠”を見ると他全員が同じ様に“淡い光を放ち出した三つの珠”を見た。


「この世界に何の価値も無いこともな……」


 『世界を滅ぼしてくれ』――






 オレは『魔道車輪車』の部品の材料を買いに遺跡都市の市場へカイルと足を運んでいた。

 ボルックと調べた所、幾つか老朽化が見られる部位があったので、予備パーツを用意しておきたいと言う事になったのだ。

 『魔道車輪車』はマスターが作ったオリジナルの魔道具。パーツなんて売ってるハズもなく、ボルックとサリアが材料を使って精製しているのである。尚、資金はマスターのポケットマネー負担だ。


「ほらほら見ろよ、おっさん!」


 するとカイルはベースキャンプからずっと手に持って来た薪を見せてくる。


「もう完璧だぜ!」


 と、カイルは薪を自慢げに掲げて、先端に着いているチロチロする可愛い火を見せる。

 街に行くと言ったら元気について来た愛弟子は、魔法と言う新しい力を心底嬉しそうに見せてくるのだ。昨日からずっとクランメンバーに自慢してるのである。


「おー、火が着いてるな。擦ったのか?」

「違うっ! 俺のまほー! 『ゆにぞん』だ!」


 発動のコツは掴んだ様だ。龍天の爺さんの助言はカイルにとってだいぶ助けになっているらしい。


「大体、感覚は掴んだだろ? その要領で『水魔法』をやってみな」


 オレは『水魔法』の魔力を纏う。カイルが『共感覚ユニゾン』の対象をオレに選べば、『水魔法』が行使できる。


「むむむむ……」


 真剣にオレを見るカイル。意味のわからない気合いを感じさせる雰囲気は、今までの脳筋愛弟子にしては考えられない魔力を感じるな。


 全く魔力のコントロールがゼロだった頃からすると随分と進歩した。師匠としてこれだけで泣きそうになるぜ。


「どっ! だぁ!!」


 カイルが意味不明に両手をバッ! と上げたその瞬間、近くの井戸から水が間欠泉の如く吹き出した。


「うぉぉ!? カイル、何やってんだ!?」

「え!? これ、俺ぇ!?」


 場は大混乱。止めどなく打ち上がる地下水は軽い雨となり周辺を濡らす。無論、オレらもずぶ濡れ。

 しかし、市場を展開してた奴らは、


「なんだ!?」

「急に井戸が爆発したぞ!?」

「クソッ! 商品が!」

「どこのどいつだ!?」


 と、犯人捜しを始めたのでオレとカイルは、シュバッ! と並んで逃亡。今度の課題は出力調整か……これが火だったら目も当てられんな。


「ふっふふ。あっはっは」


 何とか騒ぎの範囲から逃げ延びた途端、カイルが笑い出す。


「笑い事じゃねぇって」

「ごめんごめん」


 カイルは龍天の爺さんの葬儀から少し塞ぎ気味だった。魔法を見せびらかすのは少し強がりな面もあったのだとオレは察している。

 他人との関係を一つ一つ大事にするカイルには身内の葬儀はかなり重いイベントだっただろう。

 しかし、そんな愛弟子だからこそ固有魔法として『共感覚ユニゾン』を持ったのかもしれない。


「へっくちっ!」


 カイルは少し鼻腔を刺激されたのか、くしゃみが吹き出す。そう言えば――


「カイル、お前はそのスリットのある服以外は持ってねぇの?」


 愛弟子の魅惑のボディラインをこれでもかと強調し、少し激し目に動けばパンツが見えそうな服は師匠として少し頂けんな。


「最初は色々持ってたけど、なんか馴れるとスボンって動きづらくてさー」


 上は中にインナーを着ているので、透ける事は無いがそれにしても少し無防備過ぎやしないか?


「この服って加護と軽さを両立してるってクロエさんも言ってたから、ゼウスさんとボルックに同じの作って貰った!」


 うーん……この年齢から肌の露出とパンチラの羞恥心が薄れるのは問題な気がするなぁ。よし、ここは一つ。


「それでも、せめて下はレギンスを履いとけ」

「れぎんす?」

「ああ、いうヤツだ」


 オレはふと通りかかった【トライシスター】の一人であるソイフォンへ視線を向ける。彼女も動き回る関係上、シスター服を少し改造して脚部分をスリットにし、黒のレギンスで肌を隠し防御力を上げている。


「布一枚、肌に挟むと全然違うぞ。加護を付ければ暑さと寒さにも対応できるし」

「うーん。でも動きづらそうだ」

「試しに着てみろって。確か出張服屋があったよな。買ってやるから」

「ホント! じゃあ、れぎるす欲しい!」

「レギンスな」


 興味の無い事には適当に覚えるクセも何とかしないとイカンな。

 パーツの件は後回しにして、カイルの服が最優先だ。年頃の娘なんだから少しは羞恥心を持ってくれよ。


「ん?」


 と、古着屋に向かって大通りを歩き出した所でジャンヌ大佐が視界の端に映った。どうやら馬を買っている様だな。

 歩いててもオーラで目立つぜ、あの女。しかし、ジルドレ中佐とレクス少佐を左右に連れている。

 『ギルス』陣営のトップスリーはどこ行くんだ?


「おっさん! 早く早く!」


 おっと、ヤベー女を追うのはクロエだけで十分だ。オレは、先を急ぐカイルに手を引かれて服屋へ向かった。

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