第92話 次は、ちゃんと、物語に、しましょう?

 自覚はある。

 どうしようもない、とも思ってる。

 この身体に流れる“荒い血”を変える事は出来ない。

 父は静かな威厳の中に現れる“荒い血”を【武神王】様に認められた。

 レイミーは“荒い血”を受け入れてソレに委ねて生活をしている。

 じゃあ、僕はなんだ? 僕は“荒い血コレ”をどうしたい?


 マスターに誘われて『ターミナル』を出たのは父や妹や生まれた故郷に嫌気が指したからだ。

 僕はああはなりたくない。生涯を暴力の中で終えるなんて嫌だ。このままでは暴力の連鎖から逃れられないと思ってマスターからの誘いを受けたのだ。


「なぜ、貴方を誘ったのかって?」


 『ターミナル』を出て、最初の夜に僕はマスターに聞いた。

 『星の探索者』が新たなメンバーを募集していると聞いて加入したい人は何人かいた。その中でなんで僕を選んだのか。


「今、『星の探索者』は大きなモノを二つ失ってしまった。皆が笑顔になるには大きな時間がかかっちゃうの」

「……僕にその間を取り持つ事を期待しているんですか?」

「違うわ。貴方は貴方のまま良いのよ、レイモンド」

「……迎えてくれたからには期待に答えます」

「隣に座って、レイモンド」


 夜空を見上げるマスターの隣に座る。マスターは小柄な少女だけれど改めて不思議な雰囲気を感じた。


「貴方の歩み方をわたくしは応援するわ。でも、もう前に進めないと感じた時思い出して欲しいの」

「何をですか?」


 するとマスターは、ふふ、と微笑む。


「貴方が誰の背中を見て育って来たのかを」






 カグラは僕の『ライフリング』を奪った。破壊すれば僕を即時退場させられると言うのに、奪い返しに来る猶予を与えている。


「…………」


 どの様な意図があったとしてもカグラの行動は僕に対する……いや、戦う者に対する侮辱だ。

 アマテラスの眷属は『始まりの火』を抑え込むのが役割とマスターから聞いた。カグラもその枠から外れない実力者なのだろう。

 “眷属”カグラ。貴方にとって僕は取るに足らない存在かもしれない。けど……


「取るに足らない僕に急所を食い破られても文句は言えませんよ?」


 『重力』を押し固め“黒球”を発生させると、カグラへ蹴り放つ。“黒球”は受ければ重さは10倍になり、物質は自重に耐えきれず崩壊する。

 特に人形など、潰れたカエルの様になるだろう。

 当たれば一撃必殺。避けても良い。その先に蹴りを叩き込むまでだ!


「重い、でも、“重さ”は、怖くない」


 “黒球”はカグラに向かっている最中で不自然に止まっていた。

 あり得ない……。見えない壁があっても、それらの重さを増加させ破壊しつつ進むのが“黒球”だ。


「……っ!」


 “黒球”が効かないからと言って呆けてる場合じゃない。それなら直接攻撃を――


「後、15、秒」


 身体がまた動かなくなった。カグラは相変わらず視線をこちらには向けず、言葉だけを飛ばしてくる。

 何も解らない……カグラが“黒球”をどうやって止めているのか、何故身体が動かなくなるのか……何も――


「後、10、秒」


“もう前に進めないと感じた時思い出して欲しいの”


 思い出したのはマスターの言葉と――


「後、5――――!!」


 改めて僕が何を否定していたのか解った気がした。






 『ターミナル』を出立したレイザックは、ふと感じた魔力に“割れた月”を見上げる。


「…………気づいたか? レイモンド」


 気に入らないヤツを蹴って胸ぐらを掴み上げてカツアゲしていたレイミーはソレに反応すると“割れた月”を見上げた。


「? 兄貴の魔力? なんで空から?」






『な、なんだぁ!? 急に……急に孤島が割れたぁぁ!!? 『市街地』から東へ、バックリ叩き切られたぞぉ!? カメラ! 映像を『市街地』に回せ!』


 孤島全域に現れたカグラに注目していた中継は唐突に孤島の一部が斬り飛ばされた事に慌てて『市街地』を映す。


「――おいおい。伝説は本当だったのかよ」

「……【重王】レイザック・スラッシュだけが例外だと思っていたが……」


 スサノオとレクス少佐はレイモンドが放った一撃に驚いていたが、オレとしては想定内だった。


「素質はあったし、繋がって・・・・もいた。後は気づくだけだったからな」


 オレの言葉に二人は、余計な事をしたんじゃないか? って眼を向けてくる。


「レイモンドはむやみやたらに力を振りかざすヤツじゃない。そう心配するな」


 開花したなら後は微調整を教えてやれば良い。

 『獣族』『兎』は本来、温厚でおとなしい種族だ。しかし、ガチギレさせるとヤバいって事は脈々と継がれているな。






「…………」

「ようやく……こっちを見ましたか」


 動けないレイモンドは、目の前で断裂されたビルがガラガラと崩れる様を背景にカグラがこちらへ視線を向ける様子に笑う。

 同時にレイザックの『シャドウゴースト』が目の前に現れた。


「やっぱり、父さんか……」


 ずっとそうだったんだろう。僕は父さんの背中を……


「……残念、時間、切れ」


 『ライフリング』が外れてから一分。レイモンドは奪い返せず、強制転送が始まる。


「月の、使者、『兎』。次は、ちゃんと、物語に、しましょう?」

「それは、褒め言葉ですか?」


 その言葉を最後にレイモンドは脱落。それに伴って“黒レイザック”も消失する。


「姫様に、良い話、お土産、できそう」


 カグラは今後、良き物語を繋げる相手としてレイモンドの事を記憶に刻む。

 『星の探索者』は残り二人――

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